英詩とわたし1——ラングストン・ヒューズ「自死の書き置き」

注意:自死に関する内容があります。

 

眠れない夜、君のせいだよ、という、アニメ「キテレツ大百科」の歌がずっと頭を駆けめぐる、そんな真夜中である。ただしわたしの場合は、恋人とキスをしたからドキドキしているのではなくて、単に眠れないだけだ。どうせなら、もう少し今の自分にふさわしい歌詞を思い浮かべたい。できたら静けさに満ちた、短い詩を。

そこで思い出したのが、ラングストン・ヒューズ(Langston Hughes)の“Suicide’s Note”だった。たった3行の、ごく短い詩である。ヒューズについては、(真夜中で目もしぱしぱするので)詳しくは書かないが、1902年生まれのアフリカ系アメリカ人の詩人で、ハーレム・ルネサンスという20年代の芸術運動をリードした、有名な詩人だ。

 

“Suicide’s Note”

The calm,

Cool face of the river

Asked me for a kiss.

 

自死の書き置き」

静かな、

冷たい川の水面に

キスしてくれと頼まれたので。(拙訳)

 

この作品、“Suicide's Note”を知ったのは大学の学部生のとき、英文学のゼミでのことだった。あるヒューズの詩を取り扱った際、教授が関連本としてヒューズの訳本をクラスに見せてくれた(訳本はかなり出ているが、どの本だったか忘れてしまった)。渡された本をぱらぱらとめくっていた時、ひときわ目を引いたのがこの詩だ。ひとつは、その短さのゆえに。もうひとつは、その直前、友人を自死で失っていたがゆえに。

わたしの友人は、ヒューズの歌ったように「川の水面に」キスして死んだのではなかったが、わたしが少なからず動揺したのは、あまりにヒューズの描く死の描写がうつくしかったからだろう。不謹慎ともされる自死をここまでうつくしく捉えてしまう感性と、その表現は、わたしにとって衝撃だった。

あまりに静かな、冷たい、繊細な死の表現。わたしは急いで本文をノートの隅にメモした。今思えば、それが、死んだ友人からの書き置きそのもののように感じたからかもしれない。彼女は、誰にも、何も残さなかったから。

さて、暗い話がしたいのではない。わたしは眠りたいのだ。この上鬱々としたいわけでも、これを読んでいるあなたを鬱々とさせたいわけでもない。ただ、ハムレットが言うように「死とは眠り」であり、両者が近いものであるなら、眠ろうとしているいま、わたしはほんの少しだけ死に近づくことになる。そのときにヒューズの詩を思い出す。静かな、冷たい水の面を、わたしは唇に感じるような気がする。

 

出典:https://www.poetryfoundation.org/poems/147906/suicide39s-note

 (2021/7/4最終アクセス)

https://www.poetryfoundation.org/poets/langston-hughes 

(2021/7/4最終アクセス)