【修論】イギリスの反核兵器運動「グリーナム・コモン女性平和キャンプ」に おける「キーニング」(哀歌)の意味

※本稿は、眞鍋せいらの修士学位論文「イギリスの反核兵器運動『グリーナム・コモン女性平和キャンプ』における『キーニング』(哀歌)の意味」(2022年)の概要と本文を一部修正・編集の上、本人によって公開するものです。
- 概要
- 序章
- 第1章 アイルランドにおけるキーニングの伝統と女性平和キャンプにおける受容
- 第2章 非言語的コミュニケーションとしてのキーニング
- 第3章 追悼という政治的行為
- 終章 グリーナム・コモン女性平和キャンプへの新たなまなざしと社会運動の地平
- 引用・参考文献
- 図版リスト
概要
イギリスで 1981 年から 2000 年にかけて続いた⼥性たちによる反核兵器運動「グリーナム・コモン⼥性平和キャンプ」において、戦術のひとつとして使⽤されたのが「キーニング」と呼ばれる哀歌の伝統のひとつである。本来アイルランドの⼥性たちによって担われる葬送儀礼であったキーニングが、いかなる経緯でイギリスの運動に受容・流⽤されるようになったのかは判然としないが、その受容のされ⽅の意味をフェミニズム的視点、またポストコロニアルな視点で解き明かすのが本稿の⽬的である。
そのためには、⼆つの切り⼝が有効だと考えられる。ひとつは⾮⾔語性、もうひとつは追悼という⾏為の持つ政治性である。まず⾮⾔語性については、元来アイルランド語で歌われていたキーニングが、イギリスの⼥性平和キャンプでは⾔語性のない「呻き声」として認識されて使⽤されたことを踏まえ、そこにイギリスからアイルランドへのコロニアルな視点がありえたこと、しかし同時にそれが既存の⾔語/⾮⾔語、男性/⼥性という権⼒関係を転覆させる可能性のあったものであることを述べる。また、⾮⾔語的コミュニケーションとしてのキーニングの利⽤が、⾔語の持つ「証⾔不可能性」を超えるひとつの術であった可能性も提⽰する。
追悼の政治性については、まず追悼という⾏為の社会性・政治性を確認したのち、追悼がかえりみられない「亡霊」を再び「現実化」する役割があるとして、世界各地の追悼と結びついた社会運動を概観する。それらの運動は、⼥性というジェンダーと無縁ではない。今回は特に、暴⼒の犠牲となった⼦供たちを悼む⺟親たちが主体となった運動を取り上げ、グリーナム・コモンの事例、そして⽇本における社会運動の特殊性も浮かび上がらせる。
最後に、追悼の⼀環として、今・ここに⽣者であり他者として存在しているわたしたちは、いかに暴⼒のような〈出来事〉の犠牲者であり主体であった存在を記憶しうるのか、いかなる社会運動の地平がありうるのか、と問う。記憶する⽅法のひとつが「死者の名前を呼ぶ」ことである。では⼥性平和キャンプの参加者たちは、キーニングを通じて、そのことをどこまで意識していたのか。反核兵器運動として、広島・⻑崎の被爆者にはどのような視線を投げかけていたのか。イギリスの⽩⼈⼥性が中⼼となっていた⼥性平和キャンプは、第⼆波フェミニズムの価値観のアップデートとともに、オリエンタリズムを内包していたという批判にも直⾯しなければならないだろう。
序章
〈はじめに・研究背景〉


〈グリーナム・コモン女性平和キャンプの沿革と概要〉
ここでグリーナム・コモン女性平和キャンプの概要を述べておこう。グリーナム・コモン女性平和キャンプは冷戦さなかの1981年9月に始まり、2000年まで続いた女性たちによる反核兵器運動である。それに先んじて1979年12月、NATO(北大西洋条約機構)はヨーロッパ五カ国に、米国の巡航ミサイル他を配備する決定を下していた。その決定にはイギリス南部の米軍基地、グリーナム・コモンも含まれ、核弾頭を搭載した地上発射型巡航ミサイル97基の配備が決定していた(この際に生産中であった巡航ミサイルは4,000基あり、そのうち464基がヨーロッパに配備予定であった)。それぞれ広島に落とされた原爆の15倍の威力があったとされる。核戦力を強化する方針はそれのみにとどまらず、英国政府は最新鋭のトライデント型潜水艦発射核ミサイルシステムを導入するとも発表していた。
そのような情勢下での81年8月、イギリス西部の南ウェールズの女性たちにより「地上の命を守る女たちの平和行進(Women for Life on Earth Peace March)」が実行される。計画はウェールズの中心カーディフからイングランドのグリーナム・コモンまで、10日間で歩くというものだった。この時点では参加者には男性もいた。主催者は他の平和団体とも連絡を取り(中には当時反核兵器運動として主力だった「核軍縮キャンペーン」(Campaign for Nuclear Disarmament、以下CND)も含まれていた)からも協力を取り付けたが、一方、マスメディアからの注目は集まらない。そこで、グリーナム・コモンに到着した女性たちの数人が、サフラジェット(女性参政権運動の参加者たち。詳しくは次節注で後述)に倣って自らの身体を基地のフェンスに鎖で縛りつけるというアクションを行った。それでも当初はメディアの取材は限られていたが、鎖のアクションに参加する女性たちを見守るようにキャンプが張られ、協議の末キャンプを持続させることが決定した。そしてキャンプは、 1982年2月の決定で完全に「女性のみ」で運用され、男性は昼間の訪問のみ歓迎されることとなった。しかしこの決定は、キャンプを財政的に支援していたCNDの男性メンバーや、キャンプの一部の女性たちから批判され、結果キャンプを去った女性もいたという。
参加者が増え、基地の周囲にキャンプが張られるようになると、複数ある基地の入り口ごとに虹の色から名前がつけられ、それぞれ異なった特性とアイデンティティを持つようになった。小松(2021)はWelch(2010)*3を参照しながら次のように説明している。
ターコイズ・ゲートにはニューエイジとビーガンの人々が、グリーンゲートにはレズビアンやスピリチュアリティに関心のある女性たち、バイオレットゲートには、既成宗教とのつながりを持つ、身なりの良い女性たち、オレンジゲートには年配の女性や子供たち、イエローゲートにはペイガンの女性たち、といったように、それぞれの特徴あるグループが出来上がっていった。ただし、厳格な境界ができていたわけではなく、クウェーカー教徒はオレンジゲートやブルーゲートを行き来したり、カトリック教徒がどこかのゲートで聖体拝領をしたり、またスピリチュアリティに関心のない女性がグリーンゲートにいることもあったという。(小松 2021: 25)
〈はじめに・研究背景〉で述べたように、キャンプの女性たちはさまざまなユニークな方法で核ミサイル配備に反対した。彼女らの戦術とキャンプの概要は河西(2022)によって簡潔にまとめられている(「戦術」の意味については第2章2節で述べる)。「たとえば1982年8月27日には、基地の中から外が見えにくくしようと、基地正面の鉄条網に毛糸を編み付けてしまった。10月5日には基地内の下水管敷設作業を阻止するため、溝に横たわり、毛糸で編んだ蜘蛛の巣をかけてブルドーザーの前に寝転んだ」(河西2022: 289)。そして12月12日には「基地を抱きしめよう」作戦として三万人の女性たちが人間の鎖で基地を取り囲み、それは翌日の「基地を封鎖しよう」作戦に繋がった。1982年の大晦日には、参加者たちは「ついに基地内に侵入し、新年を格納庫の上で輪になって踊りながら迎えた」(2022: 289)。1983年11月14日には予定を前倒ししてミサイルが格納庫に運び込まれるが、それによって抗議の声はより大きくなり、参加者たちの結束も強まったようだ。翌年には女性平和キャンプの知名度はノーベル平和賞候補に推薦されるほどであったが、同時に警察の締め付けは厳しくなり、キャンプの参加者の入れ替わりも激しくなる。そして1987年12月8日、アメリカとソ連がINF(中距離核戦力)全廃条約に調印、3年以内にグリーナム・コモンの核ミサイルも廃棄されることが決定したことにより、女性平和キャンプの役割はひと段落を迎える。しかし基地が公有地になった2000年まで、キャンプに止まり続けた参加者もいた(2022: 289-90)。


本稿では、長期にわたるキャンプ全体の分析をすることは主眼としない。キャンプにおいてキーニングの行われた記録が明確に残っているのは、1981年と1982年、加えて1984年という最初期であるため、取り上げる時期もそのようにごく限られる。
〈ラディカル・フェミニズム*6から読むグリーナム・コモン女性平和キャンプの活動〉
女性平和キャンプに話を戻すと、キャンプ自体がイギリスにおける女性の運動史の中でどのような位置付けになりうるのかという問題が浮上する。自らもキャンプに参加したLiddington は、「グリーナムの女性による平和運動は、あたかも忽然と生まれたかのように見えるが、英国の歴史を調べればわかるように、女性による平和運動は、ハーグで国際女性会議が開かれた1915年までさかのぼることができる」と述べている(1989=1996: 7)。著書The Road to Greenham Common(邦題『魔女とミサイル——イギリス女性平和運動史』)でLiddingtonは、1915年よりさらにさかのぼる1820年以降の女性平和運動を概説しているのだが、と同時に、それらの運動は内紛を繰り返したこともあり影が薄く、また同時に女性による平和運動が軽視されてきたことも原因として、「グリーナムの女性は、そうした過去の女性の平和運動を知らなかった」(1989=1996 : 7)と述べる。
しかし同時に、グリーナム・コモン女性平和キャンプの参加者たちがサフラジェットの戦術からインスパイアされ、シンボルカラーの緑、白、紫*7を積極的に運動に取り入れたように(クック・カーク1984: 118)、そこには英国のフェミニズム運動の潮流がある。Liddingtonは英国のフェミニズムを歴史的に「母性主義フェミニズム」「同権フェミニズム」「急進的フェミニズム」に大別し、女性平和キャンプは三つ目の「急進的フェミニズム」の影響を受けていると記述する。
三つ目の急進的フェミニズムは、男性暴力に重点を置いている。アメリカの著名な作家、シャーロット・バーキンズ・ギルマンが、『男がつくった世界』の中で、男性的資質が極端に現れたものが戦争だと述べているように、このフェミニズムは男性的資質を暴力と見ている。この流れの形跡をたどるのは難しいのだが、70年後に男性を拒否して女性だけの分離主義をとったグリーナムの平和運動にも、この考え方がはっきり見える。このフェミニズムは、家庭内における男性暴力と性的暴力を軍国主義の暴力に結びつけたが、男性に対する個人攻撃や、女性自身の軍国主義との共謀を認識しそこなったことで、一般の支持を失い、苦い論争を巻き起こした。(Liddington 1989=1996: 11)
この「急進的フェミニズム」(radical feminism)は、英語圏のフェミニズムの歴史においては1960年代から80年代に盛んであった「第二波フェミニズム」*8のうちのひとつとして捉えられることが多い(北村 2020)。すなわち、女性参政権運動を指す第一波フェミニズム(「サフラジェット」*9の存在に代表される)ののちに現れた、「政治参加のみならず、中絶や性暴力などの性や生殖をめぐる問題、賃金の不平等など労働における差別、家庭内暴力など、より広い問題を扱い、それまでは個人的なこととして公的に議論されなかった不平等についても着目するようになった」(北村2020: 49)フェミニズムである。
しかしLiddingtonが指摘しているとおり、ラディカル・フェミニズムには、ジェンダーを生得的で男女の二元論的なものとして捉え、本質主義に陥ってしまったという批判もある。そのような「シス女性のためのフェミニズム」からこぼれおち、排除されたのは、たとえばトランスジェンダー女性やノンバイナリーの人々であった。藤高和輝は「インターセクショナル・フェミニズムから/へ」(2020)の中でこう指摘している。「そして、以下で強調したいのは次の点である。それは、例えば『第二波フェミニズム』(あるいは一般に『フェミニズム』)を『トランス排除的ラディカル・フェミニズム』に還元しないことの重要性である」(藤高2020: 42)。この藤高の警鐘は、現代の英語圏の中でもイギリスでのトランスジェンダー排除言説の強さ(Faye 2021=2022)を鑑みると、非常に示唆的であり重要だ。グリーナム・コモン女性平和キャンプは、それがフェミニズム運動としても平和運動としても象徴的な役割を果たしたからこそ、今後上記のようなインターセクショナル*10な視点からの批判にも対峙していかなければならないだろう。
〈先行研究〉
〈イギリス・アイルランド関係概説〉
〈論文の構成〉
第1章 アイルランドにおけるキーニングの伝統と女性平和キャンプにおける受容
〈1節 周縁化された女性たちの伝統的儀式から政治的パフォーマンスへ〉
雇う泣き女は四名で遺体を置いたベッドかテーブルの上に一人、足元に一人ついてキャンドルを見守る。両サイドに一名ずつつく。[中略]アイルランド各地でいつも聞くのは死者への慟哭の歌(Caoine)である。遺体のすぐ前に立って死を悲しみ死者を覚めさせる。そして親族の人達、泣き女がコーラスする。代表的歌の一つは次の様な歌である。(アイルランド語で歌う。)父よ、あなたは私達を残して オッホン*13何故私達を後に残したのです オッホン私達が何をしたというのです オッホンそれであなたは逝ったのです オッホンあなたはとても物持ちでした オッホンどうして私達を残したのです オッホン(全員)オッホン オッホン オラゴン オー腕ぶしは強く オッホン歩みは軽やか オッホン手先き[ママ]は器用 オッホンあなた無しではとても貧しい オッホン何故私達を後に残したのです オッホン私達が何をしたというのです オッホンオッホン オッホン オラゴン オー(Danaher 1962: 174=中本1983: 45-46)
〈2節 女性平和キャンプにおける受容①: 「地上の命を守る女たちの平和行進」直後〉
それは母性主義と男女同権の両方の主張を重視したもので、新聞には、こう発表されている。女性の仕事の多くは人の世話と出産と子育てであり、「女性たちは、子供たちに不毛の大地と緩慢な死ではなく、未来を残すことに特別な責任を感じている」。また、学校や社会的なサービスの予算軽減は女性を苦しめるものなのに、女性たちはそうした決定に参加しておらず、「私たちの生活の支配権は特定の少数派に握られている」(Liddington 1989=1996: 251)
数分後黒服をまとった女性たちの小さなグループが現れて「キーン」[原文:keen]しはじめました。彼女たちは、決して大人になることのできない子どもたちを悼んでいるのだと書いてある垂れ幕を持っていました。これが私が初めて「キーニング」を聴いた時でしたが、彼女たちがこれは「泣き叫ぶこと」[wailing]であり「追悼すること」[lamenting]——深い悲嘆と怒りの感情を表す方法——であると教えてくれた時、何かが私の中で弾けて私も彼女たちに加わりました。それは癒しのようであり、基地が示しているものへの私の悲嘆とフラストレーションを声に出して悲しむことでした。
〈3節 女性平和キャンプにおける受容②: 1982年「キーニング・アクション」〉
1982年1月18日、クリスマス休暇を終えた政治家たちが議会にもどってきた日、私たちは下院へ行って、哀歌を歌いました。新年の新しい議会が始まるまさにその時に、「もうたくさんよ!結構よ!」といいたかったわけ。泣きながら歌を歌うことは伝統的に女たちがやってきましたが、いまでは死者を悼う[ママ]こととされています。そして、論争したり、事実や何のためにという理由などをならべたてないでも、つまり言葉を使わないでも、どう感じたかという気持ちを表現できます。[中略]だって、ただ議会へ行って、外で横断幕を掲げるだけでは無視されるだけですが、歌を歌うと、その声は建物に響きわたります。ただ大声でスローガンを叫ぶだけだと、政治家を頑なにするだけ。政治家は何度も多くの人々のスローガンを聞いていますし、大声で叫ぶだけでは政治家の心を動かすことは決してできないでしょう。(クック・カーク1983=1984: 117-18)
第2章 非言語的コミュニケーションとしてのキーニング
〈1節 証言不可能性とキーニング〉
泣きながら歌を歌うことは伝統的に女たちがやってきましたが、いまでは死者を悼う[ママ]こととされています。そして、論争したり、事実や何のためにという理由などをならべたてないでも、つまり言葉を使わないでも、どう感じたかという気持ちを表現できます。[中略]だって、ただ議会へ行って、外で横断幕を掲げるだけでは無視されるだけですが、歌を歌うと、その声は建物に響きわたります。ただ大声でスローガンを叫ぶだけだと、政治家を頑なにするだけ。政治家は何度も多くの人々のスローガンを聞いていますし、大声で叫ぶだけでは政治家の心を動かすことは決してできないでしょう。(クック・カーク1983=1984: 117-18 下線部は眞鍋による。以下引用も同様)
〈2節 「戦術」としてのキーニング〉
いいかえれば、こうした知の先行条件として権力があるのであり、権力はたんに知の結果や属性ではないのである。権力が知を可能にし、いやおうなくその特性を規定してしまうのだ。知は権力のなかで生産されるのである。こうした戦略にたいして[中略]わたしが戦術とよぶのは、自分のもの〔固有のもの〕をもたないことを特徴とする、計算された行動のことである。ここからが外部と決定できるような境界づけなどまったくできないわけだから、戦術には自律の条件がそなわっていない。戦術にそなわる場所はもっぱら他者の場所だけである。したがって戦術は、自分にとって疎遠な[ルビ:エトランジェ]力が決定した法によって編成された土地、他から押しつけられた土地のうえでなんとかやっていかざるをえない。戦術には、身をひき、先を見越しつつ、身構えながら、自分で依って立つということができないのである。(Certeau 1980=2021: 120-21 斜体とルビ、〔〕内注釈は引用元による)
戦術が手にいれたものは、保存がきかないのである。こうした非−場所性のおかげで融通がきくのはたしかだが、一瞬さしだされた可能性をのがさずつかむためには、時のいたずらに従わねばならない。[中略]戦術は密猟をやるのだ。意表をつくのである。ここぞと思えばまたあちらという具合にやっていく。戦術とは奇略である。(121-22)
ここでセルトーが言う戦術をキーニングに応用するには、まず戦略/戦術と相似形をなす、言語/非言語もしくは中心/周縁の言語、そしてジェンダーの権力関係について確認しておかなければならないだろう。田中克彦は『ことばと国家』(1981)のなかで、欧州におけるラテン語と日本における漢文を例に出しながら、言語のもつ権力性とジェンダーについてこう述べている。
人口の半分以上を占める女と子供は、読み書きと政治の世界からはじめから閉め出されていたために、かれらは生れながらに自然に話していたことば、すなわち母語以外のことばを知るはずはなかったのである。日本にシナ[ママ]古典語、すなわち漢文が入ってきたときも同じ状況が生じた。ごく一部の、外国語(シナ語)をよくするエリート官僚、文化官僚のほかは、いっさいの文字を知らず、ただただヤマトのことばを話していたのである。[中略]民族の言語を、それとは知らずに執拗に維持し滅亡からまもっているのは、学問のあるさかしらな文筆の人ではなくて、無学な女と子供なのであった。(田中1981: 33)
瀕死の病人があると、病院のスタッフたちは、患者を病室に置きざりにしたまま、ひきこもってしまう。「医師と看護師の逃避症候群」だ。そうして自分たちはひきさがりながら、患者を病室に留置しておくのだが、その時の言葉づかいそのものが早くも生者を死者にしている。「休息が必要ですから……。眠らせておきましょう。」瀕死の者は静かにして、安らかに横たわっていなければならないのだ。こうして瀕死の病人がひとり病室に置きざりにされるという事態は、手当がどうだとか安静がどうだとかいう問題を超えて、周囲の者たちが、臨終の苦しみや絶望や苦悩の発話行為を耐え忍べないということを示している。それは、語られてはならないのだ。[中略]もし仮に[眞鍋注:「わたしは死んでゆく」という]禁じられたことば[ルビ:パロール]が発せられるようなことでもあれば、病院あげての闘いが裏切られてしまうだろう。(1980=2021: 432-33 傍点とルビは引用元による)
〈3節 核兵器への不安を具現化する〉
核兵器の脅威と核戦争が起きるかもしれないという思いが、私(著者のアリス)を何年もおびやかし苦しめてきました。このことについて語りあおうとしましたが、多くの男たちは悪い夢だとばかり笑いとばし、最後はそれについて男たちと話すのはむだだと思いしらされました。けれども、女たちなら私と同じように感じているはずだと思い、英国の有名な月刊女性情報誌『スペア・リブ』に広告をのせ、核戦争の夢をみた女の人は連絡がほしいと書いてみました。その広告をのせた80年の夏、核戦争の悪夢を綴った女たちの手紙を次から次へと受け取りました。[中略]私は、核の不安が広がっていることが、人びとの生活に及びもつかぬ影響を与えている、と強く感じました。こうした不安は夢に現れたり、考え方や人生設計をおびやかし、そして絶望やペシミズムさえもはるかにしのぐものになっているのです。(クック・カーク1983=1984: 22)
核ホロコースト(核による全滅)の悪夢をくりかえしみた人が、一体何人いるかわかりませんが、それを意識的にとらえ返せば、積極的な行動へと変わるすごいエネルギーを秘めている感情の現れ、といえないでしょうか。私に寄せられた手紙に共通してみられる特徴は、どの女たちも、同じように恐怖を感じている女たちがいるとは夢にも思わず、孤独な恐怖にうちひしがれていることでした。(24)
クック・カークは他にも、核兵器の存在により不安を感じたり悪夢を見たりした女性たちの手記を数多く引用しているが、それらはしばしば男性たちによって「笑いとば」され、結果女性たちは「孤独な恐怖にうちひしがれている」。そこには、彼女たちの不安を「女性特有のヒステリー」「異常」と捉える女性差別的な視線もあった。また、保守的な政治家たちによる、「見当違いな不安は払拭すべき」といった発言もそれらの視線を後押ししていた(39-40)。
このような構図は、たとえば福島第一原子力発電所の事故とそれに付随する放射能汚染について、多くの母親を含むひとびとが感じた不安と、その不安への向き合い方について、精神科医の岩井圭司が述べていることと相似形をなすように思われる(岩井 2018)。岩井は、不安には「原因」があったとしても、不安とはそもそも合理的な根拠を欠いているものであるので、合理的な反証を示したところで解消されるものではないとした上で、政府や科学者による「原発事故被災者の不安の払しょく」を目指すという言説は、むしろ当事者のレジリエンスを損なう結果になっているのではないかと指摘する。
第3章 追悼という政治的行為
〈1節 追悼の政治性と「亡霊」の「現実化」〉
最近のグローバルな暴力に照らして私に取りついて離れない問いがある。誰が人間としてみなされているのか?誰の生が〈生〉と見なされているのか?そして究極的には、何が生をして悲しまれるに値するものとなるのか?私たちはそれぞれ場所も歴史も異なるが——それでも「私たち」という言い方をしてかまわないのではないかと思うのだが——、それは私たちのすべてがだれかを失うことがどういうことか、なんらかの認識を持っているからだ。失うことで私たち皆はかろうじて「私たち」となる。[中略]このことが意味するのは、私たちのそれぞれが、自分の身体の社会的可傷性のために、ある面では政治的な存在でありうるということだ。(2004=2007: 48-49)
〈2節 追悼する母たち——日本と海外の事例から〉
追悼をめぐるこの権力の問題は、フェミニズムの政治と深く関わっている。女性的なるものは国家の建設とその維持のために常に意味づけられ、名付けられ、形象を与えられてきたのであり、女性たちは、死者の追悼という一見非政治的な行為を通じて、その形象と同一化してきたのだ。(松浦2007: 72-73)
暴力の対象としての「敵」または「亡霊」の存在をまずは「現実化」し、そしてさらに、それを存在する/した人間の生として追悼することは、ぼんやりとした敵の像を扇動して暴力を正当化することそのものへの抵抗となる。それは、国家による「善き女性」の表象、ナショナリスティックなジェンダー観への抵抗と無関係ではない。引用でコーネルが想定していたのは、バトラーと同じく同時多発テロ以降のアメリカだが、第1章で触れた独立運動下のアイルランドにおける「キーニング・ウーマン」の表象を思い出そう。それまで「非文明的」とされていたキーニングをするアイルランドの母たちは、独立運動に身を投じて死亡した息子たちを哀悼することで、ナショナリズム・愛国心のイコンとして顕彰されたのだった。二元論的なジェンダー観においては実戦に向かうことのない「銃後」である女性たちは、息子である兵士たちを追悼する役割を国家によって担わされたのである。
一昨日東大授業*20でインドネシアの生徒が、東南アジアやラテンアメリカ、シリアにおける「子供をなくした母たちの体を張った抵抗運動」を含む女性の身体的抵抗の歴史のプレゼンをしました。その時思ったのは「靖国の母」、そして「辺野古で抵抗する沖縄戦経験者の女性たち」でした。日本の母親たちは、戦後の「母親平和運動」——かなり欺瞞的な——はあったにしろ、「記憶し、泣き叫ぶ抵抗の身体」を靖国に、国家に奪われてしまった(または委ねてしまった)のではないかと思います。「岸壁の母」「靖国の母」は息子の死を悼むにせよ、その死が国家によって「祀られる」ことによって安寧を得、一人の母として、女として、自分の子がなぜ死なねばならなかったのかと追及するのをやめ、一人の人間として考え抜くのをやめ、国家の一員として「安全」に暮らせることに自分の子供の死の意味があったと自らを納得させてしまっています。それに対して辺野古で抵抗する女性たち(死んでいったものたちの母たち)は「自分の子供を死なせたもの」に対して自らの身体をかけた抵抗を続けています。*21
「五月広場の母たち」運動は強制失踪させられたひとりひとりの存在を思い起こさせると同時に、「ドメスティックな要求を公共の場にもたらす」(林2009: 85)という点で、第1章で述べたRipollの「空間の占有への異議申し立て」でもあり、国会議事堂前広場でのキーニング・アクションを想起させる。言い換えれば、キーニング・アクションもまた「都市を数多のコロスが行き交う劇場」に変えてしまう過程であったとも言えよう。
「五月広場の母たち」の行動原理は、アルゼンチン国内だけで共有されていたわけではない。1994年にはかれらは韓国に招聘され、韓国民主化運動の中で殺害されたり、政治的意図を持って自死したりしたひとびとの遺族団体(「全国民主化運動遺家族協議会」、1986年に発足)と交流している(真鍋1997: 256)*22。「全国民主化運動遺家族協議会」(略称「遺家協」)は、民主化及び民衆の生存権保障と、「民主の祭壇の犠牲となった」「冤魂を慰撫」することを目的とした団体である(真鍋1997: 254)。真鍋祐子は引用元の中で、1980年6月に焼身自死を遂げた金鍾泰の母親・許斗測(調査当時61歳)にインタビューしている。当時22歳だった金鍾泰は、1980年5月の光州事件の真相をソウルの市民に伝えようと、「糾弾のビラを撒いて梨花女子大前のロータリーで焼身自殺を遂げた」(263)のであった。許斗測はこのように語る。
「私たちが[真鍋祐子注:遺家協で]話し合ってみると、全員がそうなの。私自身も年齢からして既成世代、何もわからず、独裁者からやれといわれた通りに、その通りに鵜呑みにしながら生きて来たものだから、それが根を下ろしてしまって、つまり我々の子供たちの世代、その世代にまでつながってきたんじゃないか?だから子供たちは死ななきゃならなかったんだ、と。本当に罪悪感を感じて、私なんかの場合、そんな話をしょっちゅうしたもんだった。この既成世代が誤ってたばかりに、本当に花のような、立派な、惜しい子たちを死なせてしまった。皆……本当に後悔を……あまりに大きな罪を犯したって。……我が子を失くして世の中に出てみると、この若者たちはあまりに立派すぎて。この世の中をよく変えようと、命はたった一つなのに、それを捨てて、自分から死んでいって……この子たちに恥ずかしくて、そういった意味で、若い人たちがデモをするときに、私たちが出て行って、先頭に立って、催涙弾を撃つな!この子たちは、誇らしくて立派な若者だ。殺すんならまず我々から殺せ!『徹天之怨讐』(=不倶戴天の敵)よ、罪人である我々からまず殺しなさい!私たち母親はこう叫んで闘って……腹を痛めて生んだ我が子はすでに死んでしまったけれど、すくすくと育ってるこの若者たちが、まるで自分の本当の子供みたいで」。「他人の子だなんて気は、ひとつもしない。志を知れば、どれほどに誇らしい子供たちか。この子たちを見ていると、どうしてこんなにも可愛いのかしら?」(真鍋1997: 275-76)
〈3節 記憶と「死者の名前を呼ぶ」こと〉
本書では、語ることの障壁を突き止める一方で、まさにその障壁を——他者と力を合わせることで——克服可能なものだと主張したい。[中略]この二重性は、現代社会において当然のように信じられているふたつのテーゼへの疑念を表明するものだ。第一に、目撃者がプロであれ素人であれ、目撃証言をすることは簡単だというテーゼ。[中略]そして第二に、上記のテーゼの対極にあるともいえる、「描写できないもの」「語り得ぬもの」があるというテーゼ。すなわち、ある種の犯罪、ある種の経験は、語ることが不可能であり、語ってはならないという姿勢だ。この「語り得ぬもの」というテーゼには常に一種の解釈学上の怠惰があるように思われ、それが私を苛立たせる。だがそれを別にしても、このテーゼにおいて私をなにより戦慄させるのは、それが不正と暴力を不可避的に神聖化するという点だ。「描写できないもの」は、見通すこともできないままだ。どれほど不完全で断片的であろうと、体験を言葉にすることが許されないならば、そして、言葉にとらえる試みもなされないならば、被害者は永遠に自身の体験を抱えて孤独なままだ。(2013=2019: 17-18)
死者に代わっての証言は、この意味ではつねに「不可能な証言」なのです。「証言不可能なものの証言」なのです。しかも、死者のためにこそ証言は最も必要とされるのです。死者に代わって証言すること、記憶を伝えること、記憶を受け取ることは、厳密に言えばつねに不可能ですが、それでも放棄できません。なぜでしょうか?それは死者の希望を消さないためだと思います。死者の希望を世界に存在させ、それにチャンスを与えるためだと思います。死者の希望とは何でしょう?「苦しみ」と「不正」の証言を求める死者の希望とは、おそらく、まずは殺人者の法的・政治的・倫理的責任を問うこと、そしてその証言と記憶を、人間が人間に及ぼす「苦しみ」と「不正」を批判し克服していく出発点にすることではないでしょうか?人間が人間に及ぼす暴力を批判し克服していく出発点にすることではないでしょうか?(1996: 29)
しかし、それでもなお——あるいは、そうであるからこそ——語りえない〈出来事〉は、語られなければならない。〈出来事〉の記憶が他者と分有されるために。そして、そのためには、〈出来事〉の記憶は、他者によって語られねばならない。自らは語り得ない、その者たちに代わって。(2000: 76)
だが、それは、語り得ない者たちに代わって、その〈出来事〉をいかようにも表象してよい、ということでは断じて、ない。言葉では語り得ないはずのその〈出来事〉について語ろうとする私たちが、「語りうる者」として振る舞うとしたら、その瞬間に私たちは〈出来事〉を裏切ることになるだろう。表象不可能な〈出来事〉を表象すること、語り得ない〈出来事〉について語ること、それは何よりもまず、〈出来事〉のその語り得なさこそを証すものではなくてはならないのではないか。だが、そのような語りとは、いかにしたら可能だろうか。(2000: 77)
この世に祝福を受けて生まれ落ち、祈りとともに名を与えられたはずの者たちが、その名も身もチリヂリバラバラにされて名無し身無しになって魂だけがさまよっている。その魂の声を聴いてしまったからには、せめて彼らの名無しの生の記憶を拾い集め、語りつぎ歌いついでいかねばならないのではないか。(姜2015: 128)
それは出来事の名称や死者数でひとくくりされる没個性的な事項としてではなく、まずひとりひとりの「名無し」の名前を取り戻し、「身無し」となった死のいきさつに光を当て、そして「なぜ?」を問いつづけることである。「せめて彼ら名無しの生の記憶を拾い集め、語りつぎ歌いついで」いくことは、「表象不可能な記憶」を記憶することであり、それは名もなき死者たちの「名誉回復」をかけたささやかな抵抗の意志にほかならない。(真鍋2021: 97-98)
「名無し」「身無し」になった「魂」とは、1節で述べた「次なる社会化」のなされない死、「考えられることも悲しまれることもない」(バトラー 2004=2007: 8)喪失であり、まさにバトラーの表現する「亡霊」の状態と言い換えることもできるだろう。このように「魂」「亡霊」を「現実化」させること、かれらの名前を呼ぶことによってかれらの存在自体を思い起こし、かれらの声に耳を傾けること、そのように運動を展開するとき、真鍋の表現を借りれば、社会運動はもはや今生きている「私」を主語にするものではなく、「死者」を主体とするものになる。真鍋は、1948年の大韓民国政府樹立前後のイデオロギー内戦に始まり、1980年の光州事件、近年ではセウォル号惨事の遺族運動に至る、韓国現代史を貫く「グリーフ・ワーク共同体」「記憶と哀悼の様式」(2021: 102)についてこう概説する。
活動家たちの運動の主語は「私」ではなく「死者」である。権力の不義と暴力に憤り、異議を申し立てるのは「私」ではなく、それによって命を踏み躙られたひとりひとりの「死者」なのである。[中略]歴史の闇に葬られたさまざまな出来事を掘り起こしては、ひとりひとり死者たちの名を突き止め、記録し、哀悼する営みが時代と空間を超えて敷衍された。歴史を学びながら死者たちが「なぜ殺されなくてはならなかったか」を問い続ける作業は、既存の国家構造に対抗する歴史意識の定立をもたらし、それを軸とした分厚い「グリーフ・ワーク共同体」を生成してきた。それは死者を 「おぼえていること」に倦まなかった多様な属性の他者たちが、時代と空間を超えて、ただ共苦共感で結びついた疑似的な共同体である。(2021: 102-103)
1985年産業国家としての日本の地位は不動のものとなり、投資国としても世界一の座を占めるに至った。ともにかつてはイギリスが保持していた地位である。日本から学ぶことが提唱されるようになった一方で、他方では、すでに消滅していた若者の政治運動に代わり、戦争に関する記事が再登場することによって、〈残酷な日本人〉イメージが継承されている。(花井2011: 75)
終章 グリーナム・コモン女性平和キャンプへの新たなまなざしと社会運動の地平
引用・参考文献
図版リスト
*1:‘keening’は英語の名称であり、アイルランド語では‘caoine’(クイヌー、動詞形はcaoineadh)と呼ばれるが、本論では便宜上「キーニング」で統一する。
*2:ダイ・インは、広辞苑によれば1960年代のアメリカが発祥。だが、はじめて「ダイ・イン」の用語が使われたのは1970年である(Oxford English Dictionary)。反核兵器運動のほか、環境保護、反戦、エイズ危機などを訴えるためにも使われている。
*3:小松は引用としてWelch, Christina, "Spirituality and Social Change at Greenham Common Peace Camp," Feminist Theology, 18(2): 230-248. を記述しているが、その号のFeminist Theologyには同名の論文はなく、おそらくこれはWelch, Christina, 2010, "The Spirituality of, and at, Greenham Common Peace Camp," Feminist Theology, 18(2): 230-248.の誤記であろう。
*4:The Guardian 2021年8月29日。
*6:「ラディカル・フェミニズム」の日本語訳は、Liddingtonの著作の白石瑞子と清水洋子による訳では「急進的フェミニズム」となっているが、これは高島鈴による説明の通り、「根源的な」「抜本的な」と訳す方が適切であろう。「その名の通り、ラディカル・フェミニズムは公的領域/私的領域(この区分自体が差別に加担している)の全て、そして性、愛、家族、子どもというような概念のひとつひとつに至るまで、男性による女性の支配が歴史普遍的に介在していると考えたのである。そもそも根本に男性支配が埋め込まれているのだから、全てを『抜本的に』見直さねばならない」(高島2022: 52)。
*7:緑(Green)、白(White)、紫(Violet)は'Give Women Votes'(女性に参政権を)の頭文字と同じであり、それぞれの色も「希望」「純粋さ」「尊厳」を表している(Haworth-Booth 2021=2021: 77)。
*8:第二波フェミニズムは、特にアメリカの場合、「個人の権利の尊重と平等を重視するリベラル・フェミニズムと、家父長制批判に重点を置くラディカル・フェミニズムの対立及び協力」(北村2020: 49)として分析されてきた。
*9:「サフラジェット」(suffragette)とは、女性参政権運動の参加者を広く指すのに使われるが、狭義では1903年にイギリスで設立されたWSPU(Women's Social and Political Union、女性社会政治同盟)の構成員を指す。元々は「取るに足りない」という意味を含む蔑称であった。狭義の「サフラジェット」は、投石・放火などの運動を行なったことで知られるが、これに対してそのような行為を行わない「サフラジスト」(suffragist)を区別して呼称することもある(中村2017: 34-35)。
*10:インターセクショナリティ(intersectionality)とは、「交差点」を意味する英語intersectionを語源とし、日本ではしばしば「交差性」と訳される。アメリカのブラック・フェミニズムから生まれたインターセクショナリティは、下地ローレンス吉孝によれば「人種、階級、ジェンダー、セクシュアリティ、ネイション、アビリティ/ディサビリティ、エスニシティ、年齢などさまざまな要素の交差する権力関係と社会的立場の複雑性を捉える概念」(Collins and Bilge 2020=2021: 343-44)である。インターセクショナリティは、「同じ女性同士でも白人女性と黒人女性、シス女性とトランス女性では、あるいは同じ黒人同士でも黒人男性と黒人女性では、差別の経験がまったくちがうことがあるのだ、という認識を前提に」(清水2022: 77)さまざまな要素が交差する点において個々人は個別の体験をしているのだということを重視する。
*11:(ゲルマン語系の英語と流派を異にする)ケルト語派のゴイデル語は「アイルランド・ゲール語」「スコットランド・ゲール語」「マン島ゲール語」の三つに分類され、うちアイルランド・ゲール語がアイルランド固有の言語である。アイルランド・ゲール語は「アイルランド語」または「ゲール語」と表記されることが一般的であり、本稿では「アイルランド語」の呼称を使用する。
*12:アメリカン・ウェイクについては詳しくは中本(1983)を、エミグラント・バラッドについては茂木(1996: 196)を参照のこと。
*13:詩の中の「オッホン」はアイルランド語で悲しみを表す感動詞。
*14:Conradが指摘するように、「キーニング・ウーマン」はしばしばアイルランドの擬人化された姿sean bhean bhocht(「貧しい年配の女性」の意、「シャン・ヴァン・ヴォッホ」、英語では'shan van vocht')として描かれた。少なくとも1789年にはアイルランド民謡に登場したsean bhean bhochtは、それ自体が「侵略者に虐げられたアイルランド」の擬人化であり、ナショナリズムと結びついている。「だが、母国のために、若者たちが命を賭けて戦うとき、アイルランドは若く美しい女性(『スペアーヴァン』と呼ばれる)として復活するのである。若者たちが愛国心に燃え、見返りを求めない犠牲的精神をもって戦うことを賞揚するために、アイルランドは『老女/転じて/美しい処女』として表現されたのである」(大野1998: 189)
*15:キーニングの伝統が行われていた当時のものではないが、BBC Radio 4(2016)ではアイルランド語で歌われるキーニングを聞くことができる(26:00ごろより)。
*16:田中によれば、「父のことば」(patrius sermo)は古代ローマ以来のラテン語の呼び名である。それに対し、ダンテが提唱した「俗語」は「母語」(materna lingua)と呼ばれた。(田中1981: 37)
*17:しかし一点、序章でも紹介したダイ・インは、その意味でキーニングと非常に近しい関係があると言っていいだろう。キャンプの女性たちは、1984年3月までの記録に残っているだけでも最低3回は、ロンドンやグリーナム・コモンでダイ・インを行っており(Harford and Hopkins 1984)、うち一回は長崎への原爆投下日である(1983年8月9日)。
*18:序章〈イギリス・アイルランド関係概説〉でのエミグラント・バラッドについての記述の際、また第1章1節でも触れたように、通夜はアイルランドでも行われる。'wake'と呼ばれる慣習がそれだが、ここには「(死者が)目覚める」の意味も掛けられているかもしれない。死者が目覚めるかもしれないこの境界においては、「泣くことは死亡から3時間たつまで許されない」(中本1983: 44)。しかし日本の通夜は内輪で行われることが一般的なのに対して、アイルランドの通夜は教区の誰もが参加し、飲み食いし、煙草をふかし、ゲームをしたりアイルランド語の物語を語ったりする賑やかなものが伝統的だったようだ(中本1983: 45)。ウェールズにおいても、過去に似たような風習があったようである。
一方イングランドにおいては、通夜は存在せず、教会での葬式の後に教会のホールやパブ、家などで軽く飲み食いしながら故人について談話するのが一般的なようだ(ウェールズとイングランドについては、イギリス在住のデイヴィッド・トンプソン氏の談)。
*19:嶋田美子氏の2021年6月14日のFacebookの投稿より。引用元は投稿前日に都内で行われた映画『母たち』(監督:黒川芳正1987)の上映会の際、嶋田氏によって行われたトークについての記述。『母たち』は、自らの子供たちが東アジア反日武装戦線(「サソリ」)として活動し逮捕された経験を持つ母親たちが、死刑廃止の集会やデモ、裁判闘争に身を投じる様を描いた作品。
*20:「東大授業」とは、嶋田氏によると、東大大学院総合文化研究科グローバルスタディズプログラム内の「グローバル教養特別演習Ⅳ:1960年代以降の日本のフェミニズムとアート」(2017年度以降開講)である。
*21:嶋田氏の2019年7月11日のFacebookの投稿より。引用元は限定公開のためにオープンアクセスではないが、嶋田氏のご厚意により、投稿文をペーストした文字データを送っていただいた。また、本稿の公開に関しても、嶋田氏に再度許可をいただいている。
*22:「五月広場の母たち」は2018年にも、アルゼンチンを訪れた韓国の文在寅大統領(当時)と面会している(『聯合ニュース』(연합뉴스) 2019年11月30日)。
*23:South China Morning Postオンライン版 2019年6月14日。
*24:しかしバトラーの言説に付け加えるとするなら、この「可傷性」もまた、ジェンダー化されているのだと言うことができるかもしれない。つまり、良きにしろ悪しきにしろ、「母親」であれば息子や娘の死を悼むものであり、それには「父親」より「母親」がふさわしいという前提がそこには働いている。そのようなジェンダーをめぐる前提があるからこそ、アイルランドの「キーニング・ウーマン」や「靖国の母」のような、ナショナリズムを援護する追悼の表象は母親たちに委ねられたのではないか。
*25:岡の指す「そのような語り」は、必ずしも言語によって媒介されるものではないだろう。「名前を呼ぶ」以外の媒体として、ほかには死者の遺骨という存在が挙げられる。一例として、日本の東アジアに対する加害の歴史を学びながら、「おれがやったわけじゃない、自分が侵略者かのように言われるのは納得がいかない」と思っていた日本人青年Yと戦時中に殺害された朝鮮人の遺骨のエピソードがある。「『......そのときでした、殿平さんが奥から遺骨を持ってきてぼくたちの前に置いたのです。突然分かりました。おれがやったとか、そういうことではないのだと。ぼくはそのことを遺骨に教えてもらったのです。またもやもやした気持ちを抱えて帰りました。けれど一年前とは違います。何年に何がおきたとかいうだけの、これまでの自分の勉強の仕方そのものに対する疑念です』。ひととき大きな感動が押し寄せてきた。わたしはY君を理解した。骨を見た時Y君の感情は動いた。それまでのY君は極力感情化することを拒もうとしていたのではなかったか。しかし骨が彼を歴史のただ中に投げ込んだのだった。かねてより殿平氏が言う『遺骨は語る』ということ、『遺骨を通して過去の歴史への想像力が働き出す』ということが、このとき思い合わされた。」(『思想運動』2022年11月1日)
また、アイヌにルーツを持つ石原真衣も、北海道大学アイヌ納骨堂での体験を「そのとき、私は死者から呼びかけられ、振り向いた」(石原2022: 206)と語る。
*27:イギリスにおける被爆者の表象をめぐっては、2010年にBBCのお笑い番組で、広島・長崎で被爆した二重被爆者を「世界一運が悪い男」として紹介し、笑いを取る場面があった(YOMIURI ONLINE 2011年1月22日)。これに対して在英日本大使館が抗議している。
眞鍋せいらのポートフォリオ
こんにちは。眞鍋せいらです。ご覧いただきありがとうございます!
あらためまして、自己紹介とポートフォリオ、いまお受けできるお仕事です。
自己紹介
1996年東京生まれ。立教大学文学部文学科英米文学専修を卒業(在学中、英国リーズ大学に留学)。作家ヴァージニア・ウルフの評論『三ギニー』についての卒業論文でTN賞(最優秀賞)を受賞。東京大学大学院学際情報学府修士課程に進学、その後「イギリスの反核兵器運動『グリーナム・コモン女性平和キャンプ』における『キーニング』(哀歌)の意味」で修士号を取得。
大学院在学中から現在まで、フェミニスト文芸サークル「夏のカノープス」の一員、また個人として、短歌、評論、詩などを発表しています。
フェミニズム、クィア・スタディーズ、ポストコロニアリズムにとくに関心があります。
ポートフォリオ
論文
・差異あるものとの対話 : ヴァージニア・ウルフ『三ギニー』論
・イギリスの反核兵器運動『グリーナム・コモン女性平和キャンプ』における『キーニング』(哀歌)の意味
主な評論
・より活発な批評のために一ーファンによる
『ヒプノシスマイク』試論
(2022年『夏のカノープス vol.1』)
・天皇制批判、そして現代社会への希望としての『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』
(2024年)
主な短歌作品
・連作「水ぎわへ」(第65回短歌研究新人賞予選通過)
・「ぽつぽつと思い出語る友といて面会室の外に遠雷」(2022年度角川全国短歌大会 佐々木幸綱選〈秀逸〉)
・連作「陸の潮騒」(第66回短歌研究新人賞佳作)
・連作「渾天すらも」(2024年)
・連作「葡萄の海」(第67回短歌研究新人賞予選通過)
私家集
・『はじめまして』(2020年11月)
・『おやすみなさい、ヴァージニア』(2021年5月)
・『ひかりあらしめる』(2021年11月)
・『いつかピアスを落とした湖畔』(2023年5月)
・『あなたは私の贖ひだつた 「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」に寄せて』(2024年5月)
ZINE(企画、編集)
自由詩
・2020年度 口語詩句奨学生 選抜
・「お茶のお客」(『月刊 ココア共和国』2020年10月号)
・「ある言語で書かれた世界さいごの詩」(『月刊 ココア共和国』2020年11月号)
小説
・「水族館の人魚」(2024年)
エッセイ
(『POSSE』41号、2019年)
企画、脚本、演出
・「眠られぬ九月の夜よ」
初演:シバイバ社会派短編演劇祭『SEED for the Future vol.1』、2024年6月25日〜30日 築地本願寺ブディストホール
再演:2024年9月8日 ブックハウスカフェ2階ギャラリーひふみ
いまお受けできるお仕事
・短歌(一首から連作まで)を詠む
・詩を書く
・短編小説を書く
・短編演劇の脚本を書く
・評論を書く
・エッセイを書く
・翻訳(英語から日本語、またはその逆。人文社会系の論文や小説、詩など)
・トーク、講演(たとえば、イギリスの社会運動、ポストコロニアリズムについてなど)
・英語個人レッスン(中学レベルから大学院レベルまで対応します)
英語は、2017年時点でTOEIC940点、英検準一級保持です。
英語個人レッスンについて(2025年8月更新)現在、SNSのフォロワーさまのみ
オンライン(Discord, Zoomなど)での英語個人レッスンをしています。
人種・国籍・ジェンダーなどによる決めつけを避け、人権を遵守したレッスンを心がけています。もちろん、知り得た個人情報のアウティングは一切いたしません。レッスン中もカメラはオフで結構です。
内容は中学レベルの復習、英検やTOEIC対策、英会話、英語ニュースや文献の精読、イギリス英語や文化についてなど、ご相談に応じます。
レッスン料は1時間4,000円が目安ですが、ご都合によって割引いたしますので、お気軽にご相談ください。お支払いはPaypayか銀行振り込みでお願いしています。
また、無料で30分ほどのカウンセリングもいたします。迷っている、とりあえずご相談なさりたい方は、こちらだけでも大丈夫です。
いまとくにやりたいこと!
クエスチョニングをめぐるエッセイ、またはイギリスの社会運動(おもに戦後のもの)についての概説的な本を書きたいです。労働運動、フェミニズム、アンチレイシズム、クィアスタディーズ、社会福祉の運動にまたがるものを。
または、イギリスのアンチレイシズムやポストコロニアルの詩をどんどん訳して、訳詩集にしたいと思っています。フェミニズムの詩も。
パレスチナのチャリティーイベントや、ポエトリー・リーディングもやりたいです。
あとはなにより、どんどん文芸作品を書きたいです!
最後になりましたが、ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。
ご連絡はX(@biscuitfortess)のDMか、seira.manabe◯gmail.comまで。(◯を@に変換してください)
お待ちしております。
天皇制批判、そして現代社会への希望としての『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』
※この文章は、映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(古賀豪監督 2023年、東映)を、近代日本社会批判、とりわけ天皇制批判として読もうとしたものです。あくまで一視聴者による批評の試みであり、監督や公式の見解と一致しているわけではありません。また、本作のネタバレを多分に含みます。何より、できるだけ原作に即して論じようとするものではありますが、2024年1月現在本作のDVDなどは発売されていないため、細かなセリフや話の筋に関しては記憶違いがあると思われます。その点をご考慮の上お読みください。
反戦映画として、また戦後資本主義批判として
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(以下、ゲ謎)は、公開当初から、わたしのSNSのタイムラインを騒がせていた。とりわけ左派や左翼、リベラルを自認する人々から、「これは反戦映画であり、戦後日本の資本主義批判である」との評判だった。そんな中、一見政治には関心のなさそうな知人からも「面白いから見に行ったほうがいい、今度特典第二弾が配布されるから」との熱い推薦を受け、わたし自身も鑑賞するに至った。
結論として、ゲ謎がエンタメとして高い完成度であるのはもちろん、左派からの好評はもっともであると感じた。主人公の水木(言うまでもなく本作の原作者、水木しげると同じ名を持つ)は、原作者と同じく、従軍し南方で「玉砕」を命じられた経験があり、本作の舞台となった昭和31年(1956年)においても、PSTDに苦しめられている。死んだ水木の戦友たちは、冒頭で鬼太郎の父(通称・ゲゲ郎)が指摘する通り、水木に取り憑いている。作中では所々に、水木の戦場での記憶がフィルムのように挟み込まれる。
そして、ゲ謎は戦後日本の資本主義/企業社会批判でもある。水木は、軍隊でのトラウマ体験や上官からの理不尽な暴力、そして戦争を指揮した指導部が戦後も権力の座についていることなどの経験から、「戦場も故郷も関係ない。弱い者はいつも食い物にされて馬鹿を見る」と信じ、マッチョな昭和の「モーレツ社員」になる。かれは「帝国血液銀行」で頭角を表し、重役の座を狙う。本作では一瞬ではあるが、おそらく水木の職場の血液銀行であろうビル内で売血のために列をなす、きらびやかとは程遠い人々の列が描かれる。
水木は社長の密命を受け、与えられれば無類の効果を発揮するという特殊な精血剤「M」の手がかりを求め、龍賀一族の里・哭倉村へと向かう。「M」こそ、日清、日露、そして太平洋戦争で日本軍が躍進した秘訣であり、それは戦後復興を目指す今こそ必要とされているのだった。「M」の使用目的について「やはり軍隊向けですか」と問う水木に、社長は答える。「企業の戦士たちだよ、水木くん。戦争は今も続いているのだ」。
このことは、劇場版パンフレットによれば、古賀監督も意図的に描いている。監督は、舞台になった昭和30年代について、自分から提案したと答えた上で、この時代を「戦後体制から高度経済成長期に移り変わる時代です。日本は戦後の焼け野原から40年でバブルを迎え、世界一豊かな国になりましたが、それからさらに40年で子どもや女性の貧困率、自殺率は世界でもワーストレベルの国になってしまいました。なぜそうなってしまったのか。その問いかけは、水木先生が鬼太郎を生み出したことのテーマ性と通ずるものがあるのではと思ったんです」と語っている。実際、作中では龍賀家の跡取りである幼い男の子・時弥と、水木とゲゲ郎の二人の大人が語り合う場面がある。「そのうち東京に世界一高い電波塔ができる。いつか日本は世界一豊かになって、病気も貧困もなくなる」と時弥に語る水木に、ゲゲ郎は「それはおためごかし」「進歩を望まない人々もいる」と指摘しながらも、「時ちゃんたち子どもが真剣に願えば、そのような未来も来るかもしれんの」と希望を語る。
しかし、「なぜ高度経済成長期から40年経った今、日本は貧しくなってしまったのか」という監督の問題意識を映すように、哭倉村で水木が知ったM、そしてそれを生産する龍賀一族の秘密は、おぞましいものだった。水木はそれを知り、嘔吐しながら言う。「俺はこんな一族に憧れていたのか」「自分が恥ずかしい」。そう、今まで見てきたように、ゲ謎が傑出しているのは、単なる反戦映画だからではない。それが現代まで続く、戦後日本のありよう——戦前・戦中の精神を受け継いだ水木のようなマッチョな企業戦士たちに支えられ、一方で「働けない」弱者を虐げ、搾取してきた社会——を批判しているからである。
天皇制批判としての「ゲ謎」
さて、これらの強いメッセージ性に加え、ゲ謎の魅力のひとつとしてわたしが指摘したいのは、「この作品は天皇制を批判しているのではないか」という点である。もちろん、ゲ謎が戦争と戦後日本を批判しているのであれば、戦後も連綿と続く天皇制の批判をすることも、安易であり自然に思えるかもしれない。しかし実際はそうではない。左派的な思想やリベラルな意見を持つ人々が、天皇制批判には踏み込めない・あえて踏み込まないといった例は多分にある(中には、安倍晋三に代表される自民党政権と対比して、平成天皇こそリベラルであったとする向きすらある)。もちろん、古賀監督はじめスタッフの側に、このセンシティブな問題についてどのような意見があるのか、我々には知るべくもない。できるのは作品を元とした批評のみである。
ゲ謎が天皇制批判でありうるというのは、どのようなことか。取り上げるべきは、物語の最後である、「穴倉」の底のシーンである。そこで水木とゲゲ郎は、時弥の体を秘術で乗っ取った、死んだはずの龍賀一族の当主・時貞と対面する。時貞こそ、「M」を通じて日清、日露戦争の日本の勝利を導いた立役者であり、絶大な権力を有していた人物だ。時貞は、自分は日本の将来のため、「不甲斐ない若者たち」に代わってまだまだ日本を率いていくという使命を持っており、そのために時弥や他の一族を利用したのだと自慢げに語る。時貞の野望は、時貞の長女・乙米の言葉からもわかる。「この日本をあの屈辱的な敗戦から立ち直らせ、再び世界一の強国にするのがお父様の夢」「そのために死ねることを名誉に思いなさい」と乙米は言い放つ。そしてその乙米の姿は、水木によって、「玉砕」を命じながら自分だけ生き残ろうとした上官の姿と重ね合わされる。有り体に言ってしまえば、時貞は、戦後も天皇の座に留まった昭和天皇とオーバーラップするのである。
しかし、時貞が昭和天皇を思わせるのは、以上のことからだけではない。「穴蔵」のシーンで印象的なのは、時貞が愛でる「妖樹血桜」だ。桜は言うまでもなく日本の国花であり、未だに愛されると同時に、軍国主義の象徴でもあった。話が逸れるようだが、闇の中に赤く浮かび上がる血桜は、水木しげると同時代を生きた画家・富山妙子の作品を思わせる。当時の満州に生まれた富山は、戦後も一貫して日本の帝国主義を糾弾し続けた。例えば『きつね物語・桜と菊の幻影に』(1998年シリーズワーク)などは、そのおどろおどろしくも幻想的な雰囲気と相まって、ゲ謎の最終シーンを思い起こさせはしないか。(富山妙子については、公式H Pなどを参照。https://tomiyamataeko.org)
血桜の最終シーンに戻ろう。その名の通り、血桜は他者の血を養分として、その色を赤く染める。そして今作、その養分とされているのは、ゲゲ郎と同じく幽霊族の生き残りである、ゲゲ郎の妻(鬼太郎の母)なのである。血桜は幽霊族の血を吸うことで美しく咲き、時貞の目を楽しませる。ここでわたしたちは、時貞が昭和天皇の隠喩であると同じく、ゲゲ郎とその妻たち幽霊族がなんのメタファーであるかについても、考察しなければならないだろう。
「幽霊族」と「人間」——近代的レイシズム(人種差別)の構図
幽霊族は、もともと人間より古くから存在していた民族であり、人間によって狩られたことでその数を減らしていったとされる。そして、物語を追うごとに、龍賀一族の権力の源である血液製剤「M」は、幽霊族の血が原料であることが明かされる。龍賀一族は幽霊族を捕らえ、その血をまた捕らえた人間に輸血することで彼らを「生ける屍」にし、Mを作り出す。まさに幽霊族や、一部の人間の「生き血を啜る」ことで富を得ていたのである。その幽霊族の最後の生き残りが、ゲゲ郎とその妻なのだ。
この時、ゲゲ郎たち幽霊族は、日本帝国主義の犠牲となった旧植民地の人々、また侵略された人々の姿と重なる。作中での「人間」が表すマジョリティの大和民族に差別されてきたマイノリティである。彼らはレイシズムの犠牲者なのだ。
ここで重要なのは、近代のレイシズムにおいて、マジョリティの目的はマイノリティを根絶やしにすることにはない、という点である。もちろん差別は殺戮に帰結する。歴史的な事例を引くなら、関東大震災時の朝鮮人を標的にした虐殺や、ナチスのホロコーストがそうであるように、マイノリティはことあるごとに、人種差別暴力の犠牲になってきた。しかし、近代の帝国主義/植民地主義において、より重要なのは、マイノリティを支配下におきながら、富の源泉として搾取しつづける、ということなのである。マイノリティを完全に殺してしまっては意味がないのだ。かれらを生かさず殺さず、搾り取れるだけ搾り取らねばならない——ちょうど龍賀が「M」を精製し、また血桜の養分とし続けるように。
ゲゲ郎、そしてその妻の間に幽霊族の子供(鬼太郎)が生まれることを知った時貞は、「おぞましい化け物め」と言いながら、歓喜する。二人に「子どもを作りなさい」と命じた乙米と同じく、幽霊族の血が絶えずにいることは、龍賀にとって喜ばしいことだからである。時貞は「やや子は我がものぞ」と欣喜雀躍するが、これは全ての臣民——そこには大日本帝国の植民地の人間も含まれている——が、天皇の「赤子」とされたことと重なるのだ。
ゲゲ郎は血桜の枝に手足を取られ、そこに攻撃を受けて血が滲む。画面中心に捕らえられたゲゲ郎の血が、白い桜を背景にして同心円上に広がっていく。そこに日の丸のイメージを見たわたしは、さすがに穿ちすぎだろうか。
「マジョリティ日本人」としての水木
先日、ゲ謎の感想をSNSで見ていたわたしは、こんなコメントに出会った。「水木は格好良く描かれているけれども、戦後社会に順応できていたように、やはりマジョリティの日本人男性なんだな」というようなコメントである。その点、わたしも深く同意する。前述のとおり、水木は従軍経験があり戦後企業戦士となった、ある種ステレオタイプの日本人男性だ。作品では描かれないが、水木の従軍体験が指しているのは、一兵卒とはいえかれもまた戦争の加害者でありえたし、おそらくそうであった(人を殺した経験がある)ということだ(一方、茶番とはいえ沙代を殺すふりができない弱さも彼は持っている)。そして戦後、「帝国血液銀行」で順調に出世していたことからも、水木は必ずしもマイノリティ側ではなかったと言えるだろう。
しかしだからこそ、時貞との対決シーンでの水木の役割は大きい。ゲゲ郎というマイノリティ表象に全てを負わせることなく、龍賀と、それが表す日本社会での「勝利」に憧れていた自らとの訣別として、水木は血塗れで時貞に斧を振るう。
ところで、「わしに与するなら会社を持たせてやろう」「御殿に住め」などと甘言で誘う時貞に対して、水木の「あんたつまんねえな」という返答は、やはり象徴的なものとしてSNSですでに話題になっていた。しかし個人的には、壊したら「国が滅ぶ」とされた時貞の髑髏を斧で壊した水木の、「ツケは払わねえとなあ」の言葉がより印象的だと思う。戦後も続く日本の植民地主義を、マジョリティ日本人である水木が叩き壊し、「ツケは払わねえとなあ」と笑いとばす。水木にやや肩入れして言えば、日本社会の恩恵をもっとも受けてきたマジョリティの一員として、その責任を引き受けたのだ。痛快なシーンであったように思う。
それでも次世代に希望を託す——左派的なニヒリズムの向こうにあるもの
時貞を倒した後、ゲゲ郎は、やはり「国が滅ぶ」ことを危惧して、殺されたものたちの恨みを一身に引き受けようとする。そしてそのようなゲゲ郎を、当然水木は引き止める。「やらせとけ!お前が犠牲になることはねえんだ!」というセリフは、非常に水木らしいものだ。ところが、ゲゲ郎は、生まれてくる息子のため、次世代のためにと、恨みの依代となることを選ぶ。
ゲ謎がわたしにとってもっとも魅力的なのは、この点である。個人的な印象の話になるが、とにもかくにも左派的な心情をもち、日本の将来を憂いていると、「こんな国はもう滅びるしかないんじゃないか」「その方がいっそいいのではないか」というような、ニヒリズムに陥ることがまま、ある。しかし、それは何も知らずに生まれてくる次世代に対して、あまりに無責任というものだ。「次世代のため」「子孫のため」というと、とかく右派的な運動や思想に巻き込まれてしまうケースも多いと感じているが、ゲ謎は、非常に誠実に、次の世代のために自らの世代の責任を果たせと語りかけてくる。血縁だけでいえば加害者の側であるはずの沙代や時弥といった子供たちも含めて、そして何より鬼太郎が象徴するように、本作の次世代へのまなざしは強く、あたたかい。
ゲ謎は、マジョリティの象徴であった水木が迷いながらも、墓場から生まれた鬼太郎を強く抱きしめるシーンで終わる。鬼太郎が社会にとって「災い」となるかもしれない、という、いわば社会的な大義よりも、水木は目の前の命を守ることを決断するのだ。ここにわたしは、現代日本社会への非常に先鋭的な批判と同居する、希望を見るのである。
より活発な批評のために——ファンによる『ヒプノシスマイク』試論
本稿は、文芸同人誌『夏のカノープス vol.1』(夏のカノープス編集部編、2022年)に掲載された「より活発な批評のために——ファンによる『ヒプノシスマイク』試論」(眞鍋せいら)を一部修正したものです。このたび、編集部の許諾を得て、執筆者本人により公開いたします。
(以下本文)
注意:本文中と文末脚注に引用として、女性やトランスジェンダーへの差別発言があります。また、作品のネタバレを含みます。
いつかは書かなければならないのだろうと思っていた。約一年半前から熱をあげている、『ヒプノシスマイク』についてである。ヒプノシスマイク(以下、ヒプマイ)とは、二〇一七年からCD、動画配信、ライブ、コミック、アニメ、舞台などのメディアで展開されている「様々な楽曲を声優が演じながらラップすることにより、音楽を軸に各キャラクターのストーリーが展開していく」「音楽原作キャラクターラッププロジェクト」[i]のことだ。二〇二二年四月現在での最新アルバム、「キズアトがキズナとなる」(二〇二二年三月十六日発売)は、Billboard Japanアルバム・セールス・チャート(二〇二二年三月十四日〜二〇日)によれば初動3日間で29,399枚を売り上げ、2位を獲得した(当週の売上は37,871枚にまで上った)[ii]。二〇一九年時点で「日本商品化権大賞」審査員特別賞を受賞し、経済効果は100億円を超えたという、人気のプロジェクトだ[iii]。
かくいうわたしも「キズアトがキズナとなる」のCDを予約し、Apple Musicでもダウンロードしたひとりである。ヒプマイにはまったのは比較的最近だが、昨年二月の「ヒプノシスマイク—Division Rap Battle—6th LIVE 《2nd D.R.B》」も、それに続く「7th LIVE《SUMMIT OF DIVISIONS》」の配信も手に汗を握りながら見たし、今年の年始早々の3DCGライブにも行った。ちなみに一番応援しているのはシブヤ・ディビジョンなので、去年のセカンド・ディビジョン・ラップバトルでシブヤが優勝した時は本当に嬉しかった(ディビジョンとバトルに関しては後述する)。また二次創作が好きなこともあり、ほぼ毎日イラスト投稿サイトpixivでヒプマイ関連の作品を検索するといった日々が続いている。
ここまで好きなのを自覚しながら、わたしは大声で「ヒプマイが好きです」と言うのを躊躇わずにはいられない。また、好きなものは分析したり批評したりしたいという欲求をいつもなら抑えられないのだが、ヒプマイに関しては一年以上、まとまった文章にすることを避け続けてきた。なぜなら、しばしば指摘されているようなヒプマイの女性嫌悪や同性愛嫌悪、トランスジェンダー差別の表現にわたし自身少なからずダメージを受け、目を逸らそうとしてきたからだ。批判したいのに好き、でも差別的な面は見過ごせない、いっそ追うのをやめたほうがいいと思いつつ惹かれてしまう……そういった思いに引き裂かれ、なんとかこの思いを言語化したいと周囲にも話しつつ、できないでいた。今回、夏のカノープスの編集部に背中を押され、フェミニズム批評を用いながら、なんとかヒプマイについて語ろうとしはじめている。
なお、前述もしたが、本稿はシブヤ・ディビジョンのファンによるものということもあり、最後はシブヤのキャラクターに重きを置いた文章になる。そしてテクストとしてはCDのドラマトラックとコミカライズを用いたが、アニメやゲームなどカバーできなかった資料も数多い。その点を差し引いて読んでいただければと思う。
◆『ヒプノシスマイク』の「女尊男卑」設定とミソジニー/ホモフォビア
最初に、ヒプマイの設定をおさらいしておこう。物語の始まりは第三次世界大戦が終わり混乱した世界。なおも争いをやめない(男性の)権力者たちに対し、女性たちはクーデターを起こし、西暦を改め「H歴」の支配者となる。H歴では武力は根絶され、「争いは武力ではなく人の精神に干渉する特殊なマイク」=「ヒプノシスマイク」にとって代わる。ヒプノシスマイクは交感神経、副交感神経に作用することで、人にダメージを与えることができるというものだ。そこで、人々はラップという攻撃力の高い言葉を、ヒプノシスマイクを通じて操ることで優劣を決するようになる。
権力を握った「言の葉党」の女性たちは「中王区」という高い壁で囲まれたエリアに住んでおり、男性は中王区以外の「ディビジョン」という区画で暮らさざるをえない。各ディビジョンにはそれぞれ代表のMCグループがおり、彼らがバトルをして勝敗を決めることで、ディビジョンの領土が割り当てられる。男性は中王区に基本入ることはできず、また女性の10倍の税金を課せられている。
ちなみに、ヒプマイがプロジェクトとして発表された二〇一七年当時の公式サイトにおける説明には次のような文言があった(現在は変更)[iv]。
野蛮な男性に変[ママ]わり、女性が覇権を握ることになる。中王区と呼ばれる、男性を完全排除した区画で政は行われるようになった。そこで新たな法が制定された。その名もH法案。人を殺傷するすべての武器の製造禁止、及び既存の武器の廃棄。しかし、それだけでは愚かな男性の争いは根絶されない。なので、争いは銃ではなく人の精神に干渉する特殊な【ヒプノシスマイク】にとって変わった。
このように、ヒプマイの世界は明確に、人間を「男性」と「女性」に分ける考え方、つまり性別二元論(ジェンダー・バイナリー・セオリー)に基づいている。その上で(現在削除された文言ではあるものの)男性たちは「野蛮」「愚かな」と表現され、H歴では社会システムとしても女性が優位であることが強調される。いわば女性中心主義の「女尊男卑」社会だ。そして、そのような社会のあり方に対し、ヒプマイの男性キャラクターたちは程度の差こそあれそれぞれ不満を抱いていて、ラップバトルを通じて「世界を変えよう」とする。中王区、ないし女性たちによっていわば仕組まれたバトルの場ではあるものの、それを自分たちの目的のために彼らは捉え直し、バトルに臨むのである。
と、以上がヒプマイのストーリーの基本的な枠組みだ。批判したい点はこの時点で二つある。男女二元論的なキャラクターの描き方、そして「女尊男卑」設定の意図の不明さだ。一つ目は後述するとして、ここでは「女尊男卑」という設定の不明さについて述べよう。
巣矢倫理子は、WEB記事「『ヒプノシスマイク』の『女尊男卑』設定は、ミソジニーを表現する免罪符にならない」の中で、Netflixの映画『軽い男じゃないのよ』に触れ、男女に期待されている社会的な役割を逆に(この場合は男性が性別を理由に仕事の案を却下されたり、「男性なのに」子供を持たないことに驚かれたりするように)描くことで、男性中心的で女性差別的な社会を批判的に描き出すという手法を紹介している。巣矢はその上で、ヒプマイの「女尊男卑」設定をこう批判する。[v]
一方、『ヒプノシスマイク』の社会で「女尊男卑」として挙げられている具体的な内容は、主に二つある。一つは男性が女性の10倍課税されること、もう一つは女性だけが集住して政治を行い、男性がそこから放逐されていることである。それ以外は特に説明がなく、例えば勤務医・正社員のキャラクターやその男性上司も出てくるし、職業の不自由などは描写されない。男性の医者に対して女性の看護師、というジェンダーステレオタイプな描写も登場するし、丁寧な言葉遣いをする女性の給仕係に対し、タメ口で応答する男性客、という構図も現実と変わらない。現在のジェンダーバイアスについて深く考えて反転させた内容であるとは思えない(巣矢 二〇一八)。
また、この点については、高井くららも「男性が差別されている世界だが(中略)参政権や税金が十倍であること以外にどのようにその差別が表出しているのか」と指摘する[vi]。高井は、執筆当時はヒプマイが発表された当初だったため、これから明かされる情報も多いだろうとしつつ、「不明な点や辻褄が合わない点」が数多くあるとしている(高井 二〇一八)。
正直、この点はわたしがヒプマイを知り始めた時にも抱いた感想だ。主要なキャラクターであるシンジュク・ディビジョン「麻天狼」のリーダー・神宮寺寂雷(じんぐうじ・じゃくらい)は総合病院勤務の医者で、天才医と目されている。看護師(女性として描かれることが多い)からの信頼も厚い。ちなみに彼をライバルと見なす医師も男性だ。寂雷はナゴヤ・ディビジョン「Bad Ass Temple」の天国獄(あまぐに・ひとや)と同級生だったのだが、獄も元医師志望の弁護士で、彼の事務所の受付スタッフは女性である。彼らが医師や弁護士の資格を取得したのはH歴以前の男性優位の社会でのことだったという点を考慮する必要はあるかもしれないが、H歴3年においてもジェンダーギャップ指数ランキングは低いような気がしてならない。
そして、主に初期のヒプマイには、この曖昧な「女尊男卑」という設定の中で直接的なミソジニー発言やトランスジェンダーへの差別発言が見られる[vii]。例えば、主要な登場人物であるイケブクロ・ディビジョンの山田二郎の相談相手として、安僧祇潤(あそうぎ・うるみ)というクィアに見えるキャラクター[viii]を登場させておきながら、彼の兄であり本作の主人公的な立ち位置を担う山田一郎にはトランスジェンダー女性への差別発言をさせる(このセリフはコミカライズ版では差別的でないものに変更されている[ix])。また、言の葉党によるクーデターが発表された直後には、女性へのヘイトスピーチ・ヘイトクライムの描写もある(それをのちのシブヤ・ディビジョンの飴村乱数(あめむら・らむだ)が助けるという筋書きになっている[x])。しかし、それらの差別に対して、男性キャラクターはおろか中王区の女性キャラクターたちも、またヒプマイの公式見解としても、「差別は許されない」とは言ってくれない。巣矢が指摘するように、これらの差別は「女尊男卑の世界での出来事だから」という「免罪符」のもとに、いっそうグロテスクな面をただ露悪的に曝け出している。むしろ、男性優位であり女性差別的な風潮の強く残る「西暦」において、その女性差別に加担していると言われても仕方がないのではないだろうか。
◆中王区のフェミニズムとバイナリーな世界観への批判
巣矢はヒプマイを、「かっこいい男性キャラが、ヒップホップというカウンターカルチャーを背負って社会に反旗を翻す様子を、『女性向けコンテンツとして』描きたい」という作品であるとし、「それ自体は魅力的な試み」であると述べる。ヒップホップがシスヘテロ男性を中心に担われてきた文化であったことを考えれば[xi]、確かにヒプマイは多くの女性ファンを獲得し、ヒップホップの間口を広げたとも言えるのだろう。わたしも、元々ヒップホップとはまるで縁がなかった人間だが、ヒプマイに楽曲を提供している有名ラッパーを入り口に、少しずつ興味を持ち始めている。
女性のラッパーが活躍していることもヒプマイを通じて知った。中王区の曲「Femme Fatale」の歌詞は女性ラッパーReolによって提供され、Youtubeでは500万回を超えて再生されるなど、ヒプマイの曲の中でも人気の楽曲だ。Youtubeのコメント欄でも彼女らの「強さ」に好意的であったり、女性としてエンパワメントされた、というような書き込みが多い[xii]。わたし自身、力強く挑発的な歌詞とリズムには聴くたびに惹きつけられる。
先ほど、ヒプマイの「女尊男卑」の世界観が詳細に練られたものとは言えないと述べた。しかし一方で、H歴以前の西暦における女性差別の様相や、政権に就く以前の中王区のフェミニズム描写はかなり切実でリアルだ。その例が、中王区のトップである東方天乙統女(とうほうてん・おとめ)と、ナンバーツーである勘解由小路無花果(かでのこうじ・いちじく)の過去を描いたエピソードだ。詳細を見ていこう(なお、以下は公式ガイドブックの初回限定CDに収録された中王区Drama Track「流転は篠突く雨ですら流せない」「山雨来らんと欲して風楼に満つ」のネタバレを多分に含むので注意してほしい)[xiii]。
もともと、テレビ局でアナウンサー兼記者であった無花果は、汚職や不正が蔓延る政治に疑問を持ち、権力を疑問視する取材をしていた。しかし同業の記者にさえ「女がそんな事件嗅ぎ回ってんじゃねえ」と差別発言とともに手を引くように言われ、しまいには権力側に妹を誘拐・殺害されてしまう。殺害した政治家側の人間もまた「女のくせに」という発言をしており、H歴以前の西暦では政治的腐敗だけでなくフェミサイド(女性を標的とした殺人)も頻繁だったと考えることができる。
その無花果に救いの手を差し伸べるのが東方天乙統女、という構図なのだが、財閥の一族に生まれた乙統女もまた、女性差別に苦しめられてきた。家父長的な父親と、女性差別や格差はおろか、戦争状態にある世界情勢に対しても「男性に任せておけばよい」と無関心な母親。成長した乙統女は、思わず母親に対して「管理職に就く女性の割合は、9パーセントに届きません。そして何より、この国のトップにいまだ女性が就いた事がないというのが、男性優位が根強く残っている証拠です」「ご自分が生きる国のことに、無関心でどうするんですか」と詰め寄る。ちなみに二〇二一年時点、日本における女性の管理職の割合は8.9パーセント[xiv]。乙統女の指摘する状況そのままにある西暦を生きるわれわれにとって、乙統女の訴えは胸を打つ(そして結局、彼女の訴えは「無関心でも世界は回るものですよ」と一蹴されてしまう)。
同時に乙統女は、父親による、性差別と結託した資本主義的な思考にも苦しめられる。乙統女の意向と関係なく乙統女の結婚を決めた父親は、反発する彼女に対し、「決める権利というものは、自立している者の特権だ。私の金で生きているお前に、その権利はない」と言い放ち、出て行こうとする乙統女にさらに「お前が生まれてから今日までかかった金を全て返してもらおう」「(自分で働くなどと)できもしないことを言うな」と乙統女に暴力をふるう。
しかし、乙統女の結婚相手となる飛鳥帝(あすか・みかど)は、乙統女の父親とは違い進歩的な男性であった。女性の政治参画を支持し、「いつか一緒に、この国の政ができるといいですね」と話す帝は、乙統女による女性のみの政党「言の葉党」の設立にも携わる。しかし段々と、帝は乙統女の父親と結託して不正に加担するようになり、最後には「女のくせに」と乙統女に差別発言を放ってしまう。
家父長制を体現したような乙統女の父とは違い、進歩的な考えをもつ帝すらも内面化していた女性差別。乙統女、そして無花果の直面してきた状況は「過去のもの」などではなく、まさに今・ここ、現代の日本において暴力的に、かつカジュアルに日々行われているものだ。これらのエピソードを踏まえれば、中王区的なフェミニズムのヴィジョン(女性だけが暮らすことのできるエリアがあり、政治に参画できる)や「Femme Fatale」の「最後に笑うのは乙女」という歌詞が、わたしたちにいっそう魅力的にアピールするのも無理はない。
しかし、やはり中王区のフェミニズムは批判されなければならない。繰り返しになるが、それは男女二元論であり、本質主義に基づいている。そこではXジェンダーやジェンダーフルイド、トランスジェンダーなどの人々の存在は透明化されている。のみならず、「男は野蛮で争うようにできている」という乙統女の言葉は差別的だ(不思議なことに、ヒプマイは女性の性役割の固定化には先述のように比較的懐疑的な見解も見せるのに、男性の役割の固定化に対しては無頓着だ。例えば、先述の神宮寺寂雷は「麻天狼」を結成する際、伊弉冉一二三(いざなみ・ひふみ)と観音坂独歩(かんのんざか・どっぽ)を「君らも男ならラップできるだろう?」と言って勧誘する[xv])。
同様に、乙統女が無花果に投げかける「(男性に虐げられた過去が)女性ならありますよね」という発言にも注意をしなければならない。それは性差別の被害者としての共通の経験を想起させ、当時の無花果にとっては確かにエンパワメントとして作用したかもしれない。しかし、それは同時に、フェミニズムが直面してきたはずの「『女性』とは誰を指すのか?」という問題を無視してしまう。清水晶子は、トランスジェンダー女性への差別とインターセクショナリティに言及しながら、こう述べる。
あの女性と、この女性とは、必ずしも同じ女性ではない、ということ。しばしば「女性なら誰でもわかる/経験したことがある」などと言及される経験は、しかし、必ずしもあらゆる女性にとっての経験ではない、ということ。きわめて当たり前のことだが、女性がみな同じ一つの何かを共有しているわけではない、ということ。
フェミニズムは何度も何度も繰り返しこの問題に突き当たり、そこにつまづき、そしてそのことを通じてより豊かなものになってきた。フェミニズムが目指すのは、第一には、女性の権利と尊厳とが男性のそれと同等に尊重される社会の実現である、といえるだろう。しかし、そのときの〈女性〉とはどの女性なのか、誰を指すのか。そのように問われることを通じて、フェミニズムは、自らが想定してきた〈女性〉とは異なる出自や経歴、感情や技能をもつ〈女性〉がありうること、異なる身体の形状や使い方をし、異なるかたちで社会との経験を結ぶ〈女性〉がありうること、すなわち、女性の生の経験と可能性はフェミニズム自身が想定してきたものよりもはるかに多彩であることを学んできたのである(清水、2021)(傍点は清水による)[xvi]。
これに倣うなら、中王区の言うフェミニズムに対して、このような問いを立てることが可能なはずだ。言の葉党に入党し、中王区に居住できるのは、シス女性(生まれた時に割り当てられた性別と自認する性別が同じである女性)だけなのか?戸籍上(戸籍というものがH歴にまだあればだが)の女性だけなのか?国籍が外国であったり、一定の所得がなかったり、障害があったり、「ヒプノシスマイク」で流暢に言葉を操ることができない女性はどうなのか?中王区のフェミニズム、ひいてはヒプマイで描かれるバイナリーな男女の世界には、現時点ではこれらの問いが設定されていない。「同じ女性/男性だからわかる」という言説は、ナイーヴであるだけでなく、「同じ」ではない他者を想定しない、排他的な言説だ。
しかし同時に、期待もある。中王区のホープであると同時に、上流階級出身の乙統女とは異なり過酷な生活環境で育った碧棺合歓(あおひつぎ・ねむ)や、言の葉党員でありながら無花果と対立し暗躍する邪答院仄仄(けいとういん・ほのぼの)は、中王区やヒプマイにおける女性たちが決して一枚岩でないことを代表するキャラクターだ。特に合歓は、そもそも兄・碧棺左馬刻(あおひつぎ・さまとき)の暴力的な言動に懐疑的であったところをヒプノシスマイクによる洗脳を受け、言の葉党に入党したという経緯があるため、洗脳が解けかけている今後、どのように中王区、ならびに家父長的な兄と対峙していくのかが注目される。
言い換えるなら、いま、ヒプマイに必要なキャラクター像の一つは、中王区のイデオロギーに収斂されない、より多面的な視野をもったフェミニストではないだろうか。例えば、中王区の「壁の外」で生活し、権力に抗する主要男性キャラクターたちと連帯していく女性キャラクターだ。
巣矢は、二〇一八年の記事で、ヒプマイの女性たちは「敵」「モブ」「敵のモブ」の三種類としてしか登場しないとしている。巣矢の記事執筆時から比べれば、その後より多くの女性キャラクターが登場したが、基本的に彼女たちは男性キャラクターから敵意を向けられるか、意に介されないかどちらかだ。そしてそのような種類の登場人物にしか、女性を主とするヒプマイのファンは自分を重ね合わせることができない。その様相を、巣矢は「悲しい立場」と呼んだ。
しかし求められているのは、新たな女性キャラクター像だけではない。彼女を敵としてしか見ないのではなく、「仲間」として認識してくれる男性キャラクターでもある。言うなれば、中王区の「壁の外」の女性の存在を認識させてくれる視線の存在だ。そしてその希望を、わたしはシブヤ・ディビジョンのリーダー、飴村乱数というキャラクターに見出しているのだが、それは次の項目で述べよう。
◆飴村乱数に希望を見る——「壁の外」の女性たちへの呼びかけ
シブヤ・ディビジョン代表(チーム名は「Fling Posse」)は、飴村乱数(あめむら・らむだ)、夢野幻太郎(ゆめの・げんたろう)、有栖川帝統(ありすがわ・だいす)の三人からなるチームだ。第一回のラップバトルでは初戦でシンジュク代表「麻天狼」に敗れたものの、昨年第二回のラップバトルでは初戦・決勝を勝ち抜き、優勝した。彼らについて書こうとすると、どうも動揺して落ち着いた記述ができないのだが、今回はできるだけ順を追ってその魅力を語ってみようと思う。
彼らの魅力の一端は、ホモソーシャルな風潮が強いヒプマイの世界において、比較的とはいえそのような性格から距離をとっている点だ。リーダーである飴村乱数は「非常に女性にモテるが特定の相手は作らない」というキャラクターである。個人的に言えば、ヒプマイを知った当初はこの設定が苦手だった。いわゆる「黄色い声」で乱数を応援する女性たちの描写はステレオタイプ的で、見ていて痛々しいように感じられたし、そもそも異性愛を批判なく描いているようにも思えた。
ところが、楽曲を聞いていくにつれて、乱数と女性の関係は必ずしも異性愛的な「モテる(=恋愛や性愛対象である)」といった関係でないのではないかと思うようになった。例えば、乱数は「Hoodstar+」という曲で、「惚れた腫れたはプレタポルテ/いやいや僕はオートクチュールです」と歌う。これはいささか飛躍して言えば、彼は「惚れた腫れた」という「既成の」異性愛的な関係以外を見据えている、ということにならないだろうか。
彼が「オートクチュール」と歌う関係は、第一にはストーリーを追うごとに深まる幻太郎と帝統との三人の関係だろう。と同時に、「シブヤ」に暮らす人々との仲間意識ではないかとも思われる。楽曲における乱数やFling Posseのパートでは、女性たちを主としたファンへの呼びかけが多い。「Survival of the Illest+」では、Fling Posseのパートには「Ladies bringin' party over here」「Ladies takin' party over there」のコールが入る[xvii]。また最新の「キズアトがキズナとなる」では、乱数は「君にも響くといいな/We areシブヤ/ヴィクトリーラン」「一緒に歩こうよ」と歌う[xviii]。
そして、「キズアトがキズナとなる」と同時に発表された、各ディビジョンのリーダーによる楽曲「UNITED EMCEEZ-ENTER THE HEXAGON」での乱数のパートは一層印象的だった[xix]。ヒプマイの物語を追う上での最大の危惧は、男性キャラクターたちが「対中王区」として結束していく中で、女性キャラクターへの敵意やミソジニーをエスカレートさせるのではないかという点だ。そしてこの曲こそ、今までお互いに敵対していた男性キャラクターたちの団結を象徴する曲だった。しかしその中で、乱数のパートの歌詞は「見せてよGirls gone wild/ブレーキなんてもう無い/幕開けるNew Era/一緒に作り上げてこうよYou and I」というものだった。
これこそ、中王区の「壁の外」にも女性たちがいることを意識させてくれる一節では無いだろうか。彼の歌う「Girls」は共に中王区に向かって反抗してくれると同時に、未来を「一緒に作り上げて」いく存在なのだ。正直、巣矢の言うように「敵」「モブ」「モブの敵」にしか自身を重ね合わせることができなかった一ファンの女性としては、ようやく報われた気持ちがした。彼の想定する「オートクチュール」な関係は、Fling Posseの男性キャラクター三人という、ややもすればホモソーシャルに終わる狭義の仲間だけではなく、つねにシブヤのファンや中王区に同調しない女性たちを含んでいるのである。
◆おわりに
以上、人気コンテンツ『ヒプノシスマイク』について、フェミニズムを援用しながら批評を試みてきた。実は本稿の当初の目的の一つは、ヒプマイに惹かれてやまないわたし自身と向き合うことだった。フェミニストを自認するわたしが、どうして問題も多いヒプマイというジャンルを好きなのか。この先どのようにヒプマイと付き合っていったらいいのか。その答えの片鱗を探すことだった。
正直、目的が達成できたとは思わない。批評を試みるので精一杯で、自身がなぜこのコンテンツを好きなのか、充分に言語化できた気はしない。それでも痛感したのは、さらに批評が必要だということだ。
本稿を執筆するきっかけの一つともなり、ヒプマイというコンテンツを理解しようとする上で非常に大きな影響を受けたのが、何度も引用している巣矢倫理子の文章だ。巣矢は、コンテンツを批判されると楽しんでいる気持ちに水を差された気持ちになる、といったコメントに対して、こう返す。
『ヒプノシスマイク』のジェンダーについて一切問題ないと考える人や議論を避ける人を「悪」だとは言わない。作品に救われること自体は決して「間違い」ではない。ただ、「議論する」ことも「議論を無視する」ことも、それぞれ一つの政治的立場なのだという認識は必要だ。
ここでいう政治とは、狭義の政治――例えば、ニュースサイトの「政治」カテゴリで語られている話題――ではなく、広義の政治――人間集団における意思決定のための全ての営み――である(巣矢、2018)。
ヒプマイを知りはじめて魅力に取り憑かれるとともに、そのホモソーシャルな雰囲気に疑問を感じていたころ、ネット上で出会ったのがこの文章だった。コンテンツを「推す」と言うのは、無批判に楽しむことのみを指すのではない。批判をするという向き合い方もあるということ、そして批判をしないという態度もまた「政治的」であるということを力強く述べるこの文章があったからこそ、わたしは半ば安心してヒプマイを批判し、コンテンツを楽しんでこられたのだとも思う。
わたしの文章が巣矢の文章のように広まることはなくとも、どこかでまたヒプマイに惹かれている誰かのもとに届き、さらなる批評と批判を呼び、ヒプマイがより配慮されたコンテンツになる遠因となることを、一人のファンとして願ってやまない。
引用・参考文献
[i] 公式ホームページより。二〇二二年四月三十日最終閲覧(https://hypnosismic.com/about/)。
[ii]「【ビルボード】TWICE『#TWICE4』初週7万枚を売り上げてアルバム・セールス首位」二〇二二年三月二十一日更新、二〇二二年五月一日最終閲覧(https://news.yahoo.co.jp/articles/1745a3b3a8ed280e56fde835b9ab3947509d610d)。
[iii]「ヒプマイ、経済効果100億円超 『日本商品化権大賞』各部門賞発表でワンピース、DBなど」二〇二〇年一月二十三日更新、二〇二二年五月一日最終閲覧(https://www.oricon.co.jp/news/2153742/full/)。
[iv] 現在は変更されているため、引用は「『ヒプノシスマイク』の「女尊男卑」設定は、ミソジニーを表現する免罪符にならない」二〇一八年八月三日更新、二〇二二年五月一日最終閲覧(https://wezz-y.com/archives/57096)による。
[v] 巣矢、二〇一八年。
[vi] 高井くらら、二〇一八年「韻(ライム)で書き換えるビジョン 『ヒプノシスマイク』における言葉と暴力においての試論」『エクリヲ vol.9』、二七三―八三頁。
[vii] 巣矢も指摘しているように、作品中には「てめーら俺の前で『だって』とか『けど』、なんてカマ野郎みてえなセリフ吐いてんじゃねえよ」(「Drama track1」、『ヒプノシスマイク Buster Bros!!! Generation』、KING RECORDS、KICM-3331、二〇一七年)
「クソ女どもに尻尾ふらなきゃなんねぇとか虫唾が走るな」「カビの生えた話はそこらにいるクソ女の(規制音)にでもぶちこんどけ」(「Drama Track[Know your Enemy side B.B VS M.T.C.]」、『ヒプノシスマイク Buster Bros!!! VS MAD TRIGGER CREW』、KING RECORDS、KICA-3272、二〇一八年)といったセリフが見られる。
[viii] 潤がどのような性自認やセクシュアリティを持つのか、作品内では言及されない。ただ、潤の服装や話し方はいわゆる女性的なものだが、声優は男性(三宅健太氏)が演じている。
[ix] 文末注ⅴを参照。「俺の前で『だって』とか『けど』なんてヌルい台詞吐いてンじゃねーよ!」に変更。EVIL LINE RECORDS・蟹江鉄史・百瀬祐一郎『ヒプノシスマイク—Division Rap Battle—side B.B&M.T.C 1』、講談社、二〇一九年。
[x] EVIL LINE RECORDS・鴉月ルイ・百瀬祐一郎『ヒプノシスマイク —Before The Battle—The Dirty Dawg 01』、講談社、二〇一九年。
[xi] ヒップホップのミソジニーやホモフォビアに関しては、巣矢も指摘しているほか、長谷川町蔵・大和田俊之『文化系のためのヒップホップ入門』(アルテスパブリッシング、二〇一一年)でも言及されている。
[xii] Channelヒプノシスマイク「ヒプノシスマイク 『Femme Fatale』Music Video」二〇一一年十一月二十五日投稿、二〇二二年四月二〇日最終アクセス(https://www.youtube.com/watch?v=T1h-ykyfqFA)。
[xiii] 「流転は篠突く雨ですら流せない」「山雨来らんと欲して風楼に満つ」、『ヒプノシスマイク —Division Rap Battle—Official Guide Book』初回限定版CD、KING RECORDS、二〇二〇年。
[xiv]「女性管理職の平均割合、過去最高も8.9%にとどまる」、PR TIMES、二〇二一年八月十六日更新、二〇二二年四月二十九日最終閲覧(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000334.000043465.html)。
[xv] EVIL LINE RECORDS・城キイコ・百瀬祐一郎『ヒプノシスマイク —Division Rap Battle—side F.P&M 1』、一迅社、二〇一九年。
[xvi] 清水晶子、二〇二一年、「『同じ女性』ではないことの希望——フェミニズムとインターセクショナリティ」岩渕功一編著『多様性との対話 ダイバーシティ推進が見えなくするもの』青弓社、一四五―一六四頁。
[xvii] Channelヒプノシスマイク「ゲームアプリ『ヒプノシスマイク -Alternative Rap Battle-』OP曲『Survival of the Illest +』」二〇二一年六月十八日投稿、二〇二二年五月一日最終アクセス(https://www.youtube.com/watch?v=ShgdTo_cdC0)。
[xviii] 「キズアトがキズナとなる」『キズアトがキズナとなる』、KING RECORDS、KICA-3294、二〇二二年。
[xix] 同上。
(たぶんありふれた)呪いのはなし
長いこと、文章を書かないでいた。このブログもほったらかしだったし、修論も、こっそりつけている紙の日記も書いていない。制限字数にも満たないTwitterの呟きがせいぜいだった。
とくに理由があったわけでもない。強いていうなら秋からはじめたアルバイトをこのあいだ辞めて(半分以上クビになったようなものだ)、修論は提出できずふたたび休学し、まあいろいろと限界だったのかもしれない。この期間、なんだかずっと焦っていた。
焦っていた、というのがいちばん的確だ。わたしはもうすぐ26歳になるのだが、勝手に「この年齢ならこうなっていなくては」というのを持ち出して、ずっと焦っている。修士課程くらい出ていなくては、就職くらいしていなくては、恋人くらいいなくては、自分のセクシュアリティを理解していなくては。等々。
そんなに自分に呪いをかけなくてもいいよ、と自分でも思うし、そう言ってくれる人間も周囲にいるのだが(本当に足を向けて寝られません)、彼らにはありがとうと言いつつ、内心、でもあなたは修論も出してるし就職もしたことあるし恋人やパートナーもいるじゃないですか、とこうなってしまう。非常にまずいのだ(ちなみに、これは去年ひとに言われて自覚したのだが、わたしは「だれかとパートナーになりたい」という願望が強いらしい。別に恋愛でも友情でもその他でも構わないけれど、モノアモリー的関係とか、「親友」とかに弱い。さいきんは阿佐ヶ谷姉妹にすら「いいなあお互いがいて」と嫉妬している)。
阿佐ヶ谷姉妹への感情も含めて、それはわたし自身のやっかみだと100パーセント理解しているのだけど、どうしたらいいのか皆目検討がつかない。30代になったら楽になるみたいなことを時々聞くが、それまでこの苦しみは続くのだとしたら、そこまで生きのびる自信もあまりない。なんとかしてパートナーを見つけたりして、「こうなっていなくては」をクリアすればいいのかもしれないけれど、それは根本的な解決にはならない気がする。
たぶん、解けてしまえば簡単な呪いなのだろう。でもまだ解けない。明日には解けるかなあ、と思いながら、わたしは26歳になってゆく。
生きよ、深夜にラーメンを啜れ
最近暗いニュースばかりで、いよいようつがひどくなってきた。早朝覚醒はしなくなったが、このタイミングで生理までやってきて過眠がひどい。感染拡大は止まらず外に飲みにも行けないし、相変わらず論文執筆は進まない。
しかし悪いことばかり考えていても何にもならぬ。少しばかり生産的(!)なことをしようと考えて、というか単に空腹になったので、深夜にラーメンを作るのに最近はまり出した。大したラーメンではない、サッポロ一番の塩らーめんだ。

ラーメンは奥が深い、というが、わたしの作るラーメンはそんなものとはほど遠く、ほんとうにシンプルな素ラーメンだ。ネギも何も足さず、麺の上に乗っているのは付属の切りごまだけ。この切りごまがおいしい。ややもすれば単なる塩味になってしまうスープに、優しさと風味を与えてくれる。それをずるずる、外では出さないような大きな音をさせて啜る。
考えてみれば、安価で手頃なインスタントラーメンはいつも、少しだけ特別な食べ物だった。食べすぎれば体にあまり良くないせいか、家族はあまりわたしにインスタントラーメンを食べさせなかったように思う。ましてや深夜になど、考えるまでもないことだ。
しかし大人になった今、実家暮らしという制約はあるが、わたしは好きなだけラーメンを食べることができる。しかも野菜も何も乗せないで、思いっきり不健康に。そうそう、とわたしは思う。留学中、一人暮らしをしていた頃もこうしてたんだった。大きなどんぶりが手に入らなかったので、鍋から食べていたっけ。外国暮らしはとても大変だったけど、日本のともだちが送ってくれたラーメンを啜るひとときは、どこか安心して幸せだった。
こんなことを思いながらラーメンを啜るとき、なんとなく啜るという行為に一生懸命になってしまって、悲しいことや不安を少しだけ忘れられる。喉まで詰まった悲しみも、塩辛いスープで打ち消してしまえるような気がする。インスタントラーメン一杯を食べて一日を終えることができれば、人生オールオッケーという気さえする。
明日まで生きよう、と深夜に思う。今夜は死なないで。だって司法解剖をされて、胃からラーメンがたくさん出てきたら、ちょっと笑えるじゃないか。
むかし、短歌をはじめたばかりのころ、「アイドルの歌をバックに聴きながら生きているからラーメン啜る」という歌を詠んだ。今いるのはラーメン屋でもないし、アイドルの歌は聴こえてこないが、そこにあるのはいつもよりにぎやかな静寂だ。生きよ、深夜にラーメンを啜れ、そう格言のようにつぶやいて、少し愉快になる。
英詩とわたし1——ラングストン・ヒューズ「自死の書き置き」
注意:自死に関する内容があります。
眠れない夜、君のせいだよ、という、アニメ「キテレツ大百科」の歌がずっと頭を駆けめぐる、そんな真夜中である。ただしわたしの場合は、恋人とキスをしたからドキドキしているのではなくて、単に眠れないだけだ。どうせなら、もう少し今の自分にふさわしい歌詞を思い浮かべたい。できたら静けさに満ちた、短い詩を。
そこで思い出したのが、ラングストン・ヒューズ(Langston Hughes)の“Suicide’s Note”だった。たった3行の、ごく短い詩である。ヒューズについては、(真夜中で目もしぱしぱするので)詳しくは書かないが、1902年生まれのアフリカ系アメリカ人の詩人で、ハーレム・ルネサンスという20年代の芸術運動をリードした、有名な詩人だ。
“Suicide’s Note”
The calm,
Cool face of the river
Asked me for a kiss.
「自死の書き置き」
静かな、
冷たい川の水面に
キスしてくれと頼まれたので。(拙訳)
この作品、“Suicide's Note”を知ったのは大学の学部生のとき、英文学のゼミでのことだった。あるヒューズの詩を取り扱った際、教授が関連本としてヒューズの訳本をクラスに見せてくれた(訳本はかなり出ているが、どの本だったか忘れてしまった)。渡された本をぱらぱらとめくっていた時、ひときわ目を引いたのがこの詩だ。ひとつは、その短さのゆえに。もうひとつは、その直前、友人を自死で失っていたがゆえに。
わたしの友人は、ヒューズの歌ったように「川の水面に」キスして死んだのではなかったが、わたしが少なからず動揺したのは、あまりにヒューズの描く死の描写がうつくしかったからだろう。不謹慎ともされる自死をここまでうつくしく捉えてしまう感性と、その表現は、わたしにとって衝撃だった。
あまりに静かな、冷たい、繊細な死の表現。わたしは急いで本文をノートの隅にメモした。今思えば、それが、死んだ友人からの書き置きそのもののように感じたからかもしれない。彼女は、誰にも、何も残さなかったから。
さて、暗い話がしたいのではない。わたしは眠りたいのだ。この上鬱々としたいわけでも、これを読んでいるあなたを鬱々とさせたいわけでもない。ただ、ハムレットが言うように「死とは眠り」であり、両者が近いものであるなら、眠ろうとしているいま、わたしはほんの少しだけ死に近づくことになる。そのときにヒューズの詩を思い出す。静かな、冷たい水の面を、わたしは唇に感じるような気がする。
出典:https://www.poetryfoundation.org/poems/147906/suicide39s-note
(2021/7/4最終アクセス)
https://www.poetryfoundation.org/poets/langston-hughes
(2021/7/4最終アクセス)
